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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
31/84

第二十二話 今在るべき世界に帰って来た少年は『生』を再確認する

■□貿易都市フレデナント 宿場シエスタ

【■■■】ユウキ=イシガミ


リムレア暦1255年 5月29日 11時42分


 目を醒ました俺はベッドの上にいた。

 見慣れた光景にここが《ヴェンガンサ》御用達の宿場『シエスタ』の自室だとすぐに分かった。

 重たい身体。重たい瞼。そして異様に鳴り響く腹の音と痛みを残す左肩。そして未だ流れ出ては枕を濡らす涙。

 気付けば上半身は衣類を纏っておらず、代わりに左肩から胸の辺りにかけて包帯が何重にも巻き付けられていた。


「…………夢だけど……夢じゃなかった……」


 ぼんやりと天井を見つめたまま思わず俺は呟いた。

 正直心境は複雑だ。

 夢で良かったのか、良くなかったのか……。

 少なくとも俺は姉ちゃんに謝らなければいけない。

 実際、夢だったからあれが正確だったかどうかは今となっては確認する術がないけれど、ただの夢だったとも思わない。

 姉ちゃん、本当にごめん……。

 帰ったら俺が実家を継ぐ。姉ちゃんがそうした様に今度は俺が有無を言わさず。だから今だけは待っておくれ。

 今の実力じゃそんな事を言う資格もないけれど……俺、強くなるから。

 それに……今はどうしてもやらなきゃいけない事が出来たんだ。それは夢よりもずっとずっと大切な事で、やらなきゃ俺は絶対に後悔する。きっと姉ちゃんなら分かってくれる筈。


 ……だから待っててね、姉ちゃん……。


 ◆


「ガミキさーんッ!!?」

「やあヘンリーくん」


 左肩付近が刀傷で裂けた服に着替えた俺は真っ先に《ヴェンガンサ》の支部を訪れた。言うまでもなくギルドが丸二日間も眠りについていた俺の介抱をしていてくれたのだから。

 その情報を俺に与えてくれた宿の店主は付け加えてヘンリーくんの激情ぶりも語ってくれた。俺をこんな目に遭わせた姿なき相手に鬼の形相を浮かべながら激昂していたのだと。

 その悪鬼の様なヘンリーくんは恐くて極力想像したくないが、本当に助かったのは間違いない訳で。そんな命の恩人である彼に御礼を言わない訳にはいかないという事でギルドにやって来た俺。

 訪れるなり、数日前に俺を偽物呼ばわりした眼鏡の青年が血相変えてヘンリーくんを呼びに行ったという訳である。


「ガミキさんいつ気が付かれたんすか!?浅い傷じゃないんすからまだ無理しちゃダメっすよ!二日間神聖術師に治療させたとは言え、まだ安静にしてなきゃ!」

「大丈夫大丈夫。まあまだ割と痛いけど……いや、結構か。それより心配かけちゃって申し訳なかったさ」

「本当っすよっ!?たまたまウチの連中が病院に担ぎ込まれたガミキさんを目撃したから『シエスタ』に運べたっすけど、こっちは歓迎会どころの空気じゃなくなっちゃったっすからね!」

「いやぁごめんよー」


 ヘンリーくん、君ははたして俺と歓迎会どっちが大事なんだい?

 思わず生まれた疑問を押し殺して俺は申し訳なさそうに頭を下げる。


「それに漢艦亭かんかんていの主人には何か御礼をしといた方が良いっすよ。一応ウチからも御礼はしといたんすけど、実際あのオヤジさんの応急処置が早かったから大事には至らなかったんすよ」

「うん。後で御礼しに行きがてら飯食って来るさ」


 確かに刀で抉られて長時間放置されてたら出血多量でヤバかったかもな。それにあんな土砂降りの中で。


「……ところでガミキさん」

「ん?」

「誰にやられたんすか?ガミキさん相手に傷を負わせるぐらいっすから只者ではないっすね……場合によってはウチは動きますよ……!」


 スッとヘンリーくんの眼つきが据わる。『ウチ』は動きますよとは《ヴェンガンサ》で報復をするという意味だろう。恐ろしや、恐ろしや。


「なぁに、ただの喧嘩みたいなもんさ。大袈裟だよヘンリーくんは……」

「ただの喧嘩?ウチのランクAにこれだけの傷を負わせておいて大袈裟では済まさせないっすよ……!」


 ゔっ……ヘンリーくん、目がマジだ……。

 こういう時にこのギルドは異様に結束力が高くなる。こっちはタイマンで負けたなんて恥ずかしくて言えないのに……参ったな……。


「と、とりあえず!その話はまた今度!俺は漢艦亭に行って来るさ。お腹が空き過ぎてもう倒れそうだよ」


 強引に話を切り上げて踵を返す俺。作り笑いで下手な演技を交えてこの場を去ろうとする。

 ……と、その背中にヘンリーくんの声、


「……ガミキさん」

「な、何だい……?」

「……今後、一人で無茶するのはホントにナシっすからね?俺らはギルドの仲間なんすから」

「……うん。ありがとうヘンリーくん」


 鼻から大きく息を吐き出してこれ以上の追及を我慢して抑えてくれるヘンリーくん。内心腹の中では俺に傷を負わせた相手をすぐに見つけ出して何だかの仕返しをしたいところだろう。彼は人一倍仲間想いだから。

 本当に感謝しているよヘンリーくん。

 助けてくれた事もそうだけれど、こんな俺を本当に仲間だって想ってくれて。


「それじゃちょっと行って来るよヘンリーくん」

「うっす。くれぐれも気を付けて」

「分かってるさ。大丈夫大丈夫」

「あ……ガミキさん、それともう一つ」

「……まだ何かあるのかい……?」

「そんな破れた服いつまでも着てるとダサいっすから早々に新しいの買った方が良いっすよ」


 言ってヘンリーくんは笑顔で親指を突き立てる。ウインクのおまけ付きで。


「…………分かりました、そうするっす」


 ◆


 確かにこんな破れたシャツをいつまでも着ているのは些か恥ずかしい気がしてきた。

 自分としてはお洒落には無縁な性分の為、着れれば良いかという感覚で古くなったら新しい物を買う。そんな感じでここまできた。

 流石に長旅ともなれば替えの衣服を何着か揃えるのだが、ここ最近はそういった場面になる事がまずない。この前の迷子は極めて稀な例外である。

 ともなれば荷物は邪魔でしかない訳で俺は極力軽装でいたい。リュックやら何やらを背負うってのもあまり好きじゃないから。


 ただ、ようやく今気付いた事がある……。


 一張羅でここまで貫き通してきた俺なのだけども……それって何かとっても不潔じゃない……?

 個人的には野宿だとかやむを得ない状況にならない限りは宿でお風呂に入っている。

 しかし……しかしだ……!

 服に染み付いた臭いってのはそう易々とどうにかなるもんではない筈なのさ!俺はそこに気付いてしまった……。

 途端に俺を堪らない羞恥心と後悔の念が襲う。


 も、もしかして俺は……俺は…………臭かったのかもしれない……!?


 まさかとは思うがシルメリアが去って行った理由はそこにあったのかも……!?

 いやいやッ!流石にそれは考え過ぎだ!そんな事はないさ、有り得ないよッ。


 ……はたして本当に有り得ない話なのか……?


 いかんいかん……どうも考えがネガティヴな方へ流れて行ってしまう。

 違うに決まっている。シルメリアには何かもっと別の……こう……話したくても非常に話し難い事情があったに違いない。

 そう、強く信じたい……。

 とりあえず、体臭……いや、不潔な格好には以後気を付けよう。


 ◆


「毎度ありがとうございまーす」


 仕立て屋の娘が新しいシャツとその予備を購入した俺を笑顔で見送った。

 娘の接客力が予想以上に高かったばかりに思わず、最近の流行りとやらの若者向けの衣服を数点購入してしまった。積極的な店員は苦手だ。そんなにグイグイこられたらこっちは断り難い性格なのさ。

 まあ、とりあえず着替えるか?いや、飯が先だな。

 腹の方が今にも非常警報を発令しそうな予感がする。


 ぐぅぅぅぅ……。


 ほらね。


 ◆


 ここは俺が想像していた店と少し違っていた。

 やや小洒落た感じで和を彷彿とさせる魚介類メインの食材を使った上品なメニュー、そして琴を奏でる様なBGMが店内に流れ出しそうな小料理屋。俺は先入観からそんな店なんだと思い込んでいた。

 しかし……。


「ハイヤー!」


 俺の目の前で炎は踊る。

 ガチガチの中華鍋を雄叫びと共に振り鳴らすのは中華飯店 漢艦亭 主人ホイファンその人。

 厨房を囲む様にして設けられたカウンターには昼食時をゆうに過ぎた為か、客は俺を除いて数人しかいなかった。その数人も常連の類いなのか、昼間から酒を酌み交わしながらこじんまりとしたつまみで世間話に花を咲かせている。


「お兄サンお待ちヨー!」


 ドンッと勢い良く目の前に置かれた大皿には紛れもない炒飯がこれでもかと盛られていた。


「お、おぉっ……!」


 思わず声を漏らした俺はまじまじとその炒飯を凝視する。

 当店人気メニューなる品目が達筆な文字で綴られた木製の掛け札に店主一推しなる言葉を発見した俺はどんな料理かを訊ねる事なくこいつを注文した。

 調理中に助けてもらった御礼をと話を切り出したがまるで相手にされず、静かに待つ事ものの数分で料理は完成して今俺の前にある訳だが……、どうやらただの炒飯ではないみたいだ。

 何故なら俺はその過程を目の当たりにしている。

 白米を炒める前に主人が海老やら貝やらを調理して具材としてぶち込んでいるのを見逃してはいない。

 その後は例えるなら炎の精霊と熱い死闘を繰り広げ、それを我が物としていくその姿はまさに闘士だ。いや、これが真の料理人というやつなのであろう。

 一切肉は入っていない。だが、思わずよだれが垂れ下がりそうなくらい異様に食欲を唆る魔法が凝縮されている。そうとしか思えない程、騰がる湯気が半強制的に俺の鼻を通過して鼻腔を強烈に刺激する。

 この薫りは紛れもなく海の幸。それもゼーレ海で捕れた新鮮な具材をふんだんに使った港街ならではの一品。いや、逸品と呼ぶべきだろう。

 途端に胃袋が鳴き叫ぶ。まるで生き別れになった母と苦難の末に再会を果たしたかの様に。愛情に飢えていた子供の様にとても切なく、それでいて天上に帰すかの如く数秒後に得られるであろう幸福感を満たすその相手に。

 主人に対する御礼も忘れて俺は海鮮炒飯にかぶりついた。

 予想を裏切る事なくどこまでも口内に拡がるその潮の薫りに一口、二口と箸を握るその手が止まる事を拒む。


「…………旨しッ!」


 無意識に喉を伝って言葉は飛び出す。

 生きてて良かった……!

 何度もそう心で呟き感慨する俺の手は一度も止まる事なく海鮮炒飯を平らげるのであった……。

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