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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
30/84

間章 懐かしき道場で少年は姉の『優しさ』に包まれる

 ……そうだ、俺は思い出した。

 胸の内に突っかかっていた妙な感覚はこれだったんだ。


 姉ちゃんとの一連のやりとりがまるで昨日の事の様に思い起こされる。

 追憶の中の俺は初めて見る姉の悲しげな表情に堪え切れなくなって道場を飛び出した。あの時、姉ちゃんが何を伝えたかったのかも聞かず。

 それ以降も俺が話の続きを知る事はなかった。だって、ずっと姉ちゃんを遠ざけていたから。

 何故だか理由は分からないけれど、現在いままた同じ状況に遭遇している。会話も何もかもがあの頃と同じ……そう、二年前のあの日と……。



「姉ちゃん……今度は俺───逃げないから」

「……え……」


 突然放たれた俺の言葉に姉ちゃんの口から微かに声が漏れる。まあ、確かにいきなり言ったって理解はしてもらえないな。

 でもね、俺は知りたい。

 何で『あの時』姉ちゃんがあんな事言い出したのか分からなかったから。

 分かった事と言えば翌日親父に言われた跡目は俺でなく姉ちゃんが継ぐという決定事項。


 ……何故?


 その一言が当時の俺の全てだった。

 でも今なら何となく理解出来る。俺は姉ちゃんには敵わないし、全てを受け入れる事が出来るまでに成長している筈。

 それに……『あの時』はあんな表情をしている姉ちゃんからただ逃げ出したくって話はそこで途切れたけれど……現在の俺なら……。


「……ごめんね。俺は姉ちゃんが何を考えてるのか知りたい」

「ユウキ……どうしたの急に……さっきとはまるで別人みたいに大人びた雰囲気で……」


 俺の変わり様に驚いた姉ちゃんが苦笑いする。

 実際今が『あの時』の場面なら俺は姉ちゃんの年齢を越えてる事になるな。だから姉ちゃんの目にそんな風に映っても何ら不思議じゃない。それでもすぐに俺の真剣な眼差しを見て悟った姉ちゃんは口元を引き締める。

 何で『あの時』、剣を捨てろと言ったのか、ただその訳が知りたい。


「……それはね。そのままの意味だよ。さっき言った通りよ……」


 まるで俺の心の中が分かるみたいに疑問に対する解答を姉は静かに語り始めた。


「……あたしもユウキもこの家に生まれて、物心付いた頃から刀を握っていたよね?この家に生まれた者としてそれが『当たり前』の事なんだって思ってた。きっとユウキも同じ事考えてたと思うの。違う?」


 違わない。俺も全く同じだよ。


「でもね……姉ちゃんはユウキが思ってるよりもずっとダメな人間なの。何度も何度も逃げ出したいって……そう思ってた」


 …………え……?


「でもその度、ユウキがあたしに元気をくれたの。本当は剣術なんかよりも勉強が好きだもんねユウキは?だから剣術に何度も何度も挫けそうになってたね。それでも……ユウキは挫けてしまった事なんて一度もなかった。その折れない姿を見てあたしも頑張らなくちゃって」


 ……違うよ。それは姉ちゃんがいたから……。

 辛い時や泣きたい時、全てを投げ出してしまいたい時に姉ちゃんが支えてくれたから俺は……。


「でも……でもね、やっぱり姉ちゃんはそれでも挫けそうになる弱い人間なの……」


 そんな事ない……姉ちゃんは…………。


「……でも……それも今日で終わりにする……!」

「……え」

「ユウキ……明日父さんから話があると思うけれど……」


 そこで姉は一旦言葉を止めた。俺の瞳をしっかりと見つめるその黒の瞳は先程とは打って変わり、強い意志を宿していた。

 話の続きはきっと俺が予想してる通りだろう。


「───石神流抜刀術はあたしが継ぎます」


 凛とした表情で姉は言った。

 今思えば、二年前親父に二人呼び出された時、姉ちゃんは自分が当主になる事を知っていたのだろう。

 落胆にも似た喪失感に苛まれた俺を何度も気にかけてくれていた。ただ、その時はそれすらも煩わしくって遠ざけたけれど。


「姉ちゃん……それを何故今俺に?」


 あまりにも反応が薄い弟に姉は少しだけ驚きながらもすぐに表情を戻す。

 そしてその先は俺が一番聞きたかった『話の続き』だった……。


「……あたしが父さんに言ったの……」

「……え?」

「…………跡目を継がせてくれって……」

「え……嘘……だろ……?」


 思いもよらぬ言葉にただ驚愕する。

 そんな答えは……だって……。


「最初父さんは反対したわ。元々この家はあなたに継がせるつもりでいたみたいだから。でもあたしが無理に押し通したの……」


 な……な……なんで…………!?


「姉ちゃん!何でさ!?何でそんな事……!?」

「……ごめんねユウキ。ただのあたしの我儘なの……許して……」


 俺の反応を受けて姉は俯きげに謝罪を述べる。気付けばその姿は弱々しく怯えている様だった。きっと俺に嫌われる事を恐れて……なのだろう。

 今となっては別に責めたりしてもしょうがない。俺は今更そんな事がしたいんじゃないんだ。

 とにかく理由が知りたい。さっきまで挫けそうな弱い人間と言っていた姉が何故跡目を継ぐ経緯に至ったのか。それでないと納得はいかない。


「姉ちゃん……別に俺は怒ってないから何でか教えてよ。何で自ら親父にそんな事言ったのかを」

「……ごめんね、あたしが思ってたよりもユウキはずっと大人だったんだね。正直、もっと取り乱して責め立てられるんじゃないかと思ってビクビクしてた……」


 きっと二年前の俺ならそうしていたかもしれない。姉ちゃんに裏切られた……そんな感情すらも抱き兼ねない。


「……でもユウキを傷付けた事には変わりないね。本当にごめんね……」

「……もう謝らなくても良いよ」

「……いや、全てはあたしの勝手だから……本当にごめん……」


 繰り返す繰り返す。姉は何度も何度も俺に頭を下げながら。

 今まで一度だって見せた事のない涙を瞳いっぱいに溜め込みながら。


 正直、俺は余計に分からなくなった。


 何故ここまでして姉ちゃんは自らその選択をしたのか?

 分からない……。


「……これでユウキはユウキのしたい事をするんだよ」


 涙が一筋道場の床を濡らした。

 姉はいつもの優しい笑顔でこちらを見つめ、そっと俺の身体を抱き締める。

 姉ちゃんの匂いがする。昔からずっと変わらない優しくて大好きな姉ちゃんの香りだ。

 吸い込まれる様にして身を委ねる。この包み込む様な温もりに抗う事なんて出来る筈ない。


「……ユウキならなれるよ、きっと……」


 温かい掌が俺の髪を撫でる。寝癖で少しだけ撥ねた俺の髪を何度も何度も。


「諦めちゃダメだよ……ユウキの夢……」


 …………え…………。


 姉の言葉に意識は微睡みの中から解き放たれる。


 俺の……夢……?


「考古学者……だったかな?将来ユウキがなりたかった職業は……?あなたは歴史や難しい本が好きだもんね。色んな世界を飛び回って冒険したり、沢山の研究をしたいって……うん。きっとなれるよ、姉ちゃんは信じてるよ」


 優しく諭す様なその言葉に俺は思い出す。幼かった頃の自分の夢を。言われるまで自分でも忘れていたその夢を。

 なのに……姉ちゃんは覚えていてくれた。

 親父に反対されたその夢は気付けば記憶の片隅へと追いやり、忘れようと敢えて無理をした。結果、忘却の彼方へと沈めた。

 俺はいずれこの家を継がなきゃいけないんだ、そう押し殺して……。


「ユウキはもうこの家に縛られなくても良いからね……」


 耳元で囁く様に姉ちゃんが優しく呟いたその瞬間、俺の中で何かが弾けた様な感覚がした。

 俺の胸で燻っていたわだかまりも何も全て洗い流すかの様に。



 …………嗚呼…………そうか……そうだったんだ…………やっと……やっと繋がったよ…………!



「……ま、まさか……姉ちゃん……俺の為に…………?」


 無意識に唇が震えた。途端に俺の身体を抱き締める姉の手を引き離して問い掛ける。

 まさか……嘘だよな……。

 頭で思った事が言葉に変換されないまま、見つめた姉の瞳は…………ただただ、昔からずっと変わらない優しい色をしていた。


「他にやりたい事があるならそれでも良いのよ。ユウキなら何だって出来るし、何にだってなれる。姉ちゃんは知ってるよ。あたしはいつだってユウキの味方だからね」


 月の様に柔らかに柔らかに……微笑んだ姉を見て胸の奥の方がぐっと熱くなった。

 自分でも抑え切れない感情が涙腺から溢れ出して頬を濡らす。

 遅れて胸の奥の奥が痛む。自分が姉を縛り付けていたのだと実感した途端に張り裂けそうなくらいズキズキと。

 そんな想いを抱いてくれていたなんて知らず、どうしても嫌いにはなれなかった姉ちゃんを……俺は遠ざけた。

 言葉も交わさず、目も合わせず、今にも泣き出しそうな俯いた表情を気付かないフリまでして、ひたすら遠ざけていた。

 こんなにも俺の事だけを想い考えて、悩ませて、自分を殺して、決断までさせた姉ちゃんの事を想うと……堪らなく胸が痛い……。

 ずっと昔から変わらない優し過ぎる微笑みを見ていると余計に、痛くって、痛くって……ズキズキと、ズキズキと……。

 こんな痛み今まで味わった事ないよ……。


「うっ……うぅ……姉……ちゃん……うぅ……」


 言葉にならず、嗚咽を漏らしながら情けなく膝を崩した俺を姉ちゃんが再び包み込む様にして抱き締め、いつまでもいつまでも大丈夫だよと優しく頭を撫でてくれていた…………。




 …………姉ちゃん…………ごめん…………。

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