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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
3/84

プロローグ③ 夜の森に現れた少年は『抜刀』する

■□エレナント州北部 ベルブートの森

【■■□■■】□□■■■■


 世界は闇に撒かれていた。

 木々が鬱そうと生い茂るベルブートの森を駆け抜けていく影が一つ。

 少し離れた後方にそれを追う複数の足音。

 彼方からは野鳥の声。

 闇夜に浮かぶ月の光りが微かに差し込み、静寂を掻き鳴らし、疾走する数人の足元を照らす。

 月明かりによって乱雑に照らされた道なき道を一度も振り返る事なく駆ける先頭の影。

 しかし、背後の気配は徐々に、そして確かに距離を縮めていく。


「はぁ……」


 頭をスッポリとフードで覆ったその人物の口元から溜息が漏れる。


「……やはり限界か。仕方ない」


 呟いて逃走者は足を止め、自らを追う足音を迎える選択をする。

 金属音の混じった足音が速度を緩めるとそこには先程と打って変わって立ち尽くす人影。

 対峙する一人と三人。

 一人はまるで故意に顔を隠す様にしてケープのフードを深く覆う少女。

 対して三人は全員同じ身なりだった。頭から先端の尖った銀のフルヘルムに全身を同系色のアーマーで覆い、その腰には皆、同じ剣を下げる。


「妙な真似はしない方が良いぜ?三対一だ。おまえさんに勝ち目はないぜ?」


 フルアーマーの内の一人が剣の柄に手を伸ばしながら、一歩前へ出て少女との間合いを詰める。


「流石は兄ちゃん!相変わらず下衆な台詞でやんす」

「女相手にちょっと情けないぞゲイル兄」


 すかさず後ろからの罵声がゲイルと呼ばれた甲冑の男に飛ぶ。


「黙らっしゃい!こいつのおかげで《銀栄騎士団シルバリアナイツ》へのスパイ工作が台無しだぜ!」


 仲間からの非難の声にゲイルは憤りながら剣を抜き、それを味方に向ける。


「ベイル!カイル!おまえら今この状況は非常に宜しくないぞ!?このまま、失敗しましたなんて言って戻ってみろ?《組織》に俺達の居場所がなくなるぞ!?」

「そ、それは困るでやんす!?」

「何とかなんないのかよゲイル兄ぃ!?」

「だ・か・らぁ!こいつを《組織》に連れて帰るんだよ。おまえらも見ただろ、こいつの魔法を?騎士団の屯所を一瞬で吹き飛ばしちまったあの魔力があれば、《魔科学班》が最近力を入れてるっていう人体実験のサンプルになるってもんだ!」

「あったま良いでやんす兄ちゃん!」

「これでむしろ俺たちの株が上がるなゲイル兄ぃ」


 三人のフルアーマーは逃亡者そっちのけで会話を続けている。

 そのそっちのけにされている逃亡者は無言のまま、ふと考える。


 ───もしかして今なら逃げられるんじゃないのか?

 ……いや、あの重装甲で追って来れたんだ、加速系の魔術を使う者が中にいるのだろう。これ以上の逃避は無駄か……或いはそれでも足掻いてみるか?


 ───それにしても何故こうなったのだ……。


 あまりにも緊張感がなくなった森の遠くから響く野鳥の声を聞きながら少女は僅かばかり自らの行動に後悔の念を抱いていた。

 何故、あの時、何だかっていう騎士団の屯所を破壊してしまったのか……。

 そもそもだ、お腹を空かせた彼女に声をかけてきた数人の親切な騎士達が食事をご馳走してくれたところから始まった気がした。

 小鹿亭こじかていとかいうそれほど飾りっ気のない内装の食堂で出されたミートローフは絶品だった。それは間違いない。

 更に少女を記憶を呼び起こす。

 ナイフでカットした肉片を口の中に運んだ途端、溢れんばかりの肉汁が舌を溶かし、グレイビーソースが咥内を駆け抜ける。空腹には危険な程の美味であった。

 まぁそこまでは良かったのだが。何度も何度も深々と頭を下げてお礼を告げた彼女を『更に良い事がある』と言って彼らは屯所へと招いた。

 屯所と言ってもそう大層なものではなく、何とか騎士団が拠点を置く先程の街に複数点在する内の一つ、一軒家よりも少しばかり大きい建物。

 そこに連れられた彼女は、次は何をご馳走してくれるのだろうと無邪気に期待に胸を膨らませていると彼らはそこで───思い起こすのも汚らわしいハレンチな行為に及ぼうとしたのだ!

 それは吹き飛ばす他あるまい。

 別に自分に非などは一切なく、言うならば正当防衛。

 まさかあの極上の食事をダシに使い、欺こうとは……まさに笑止千万!吹き飛ばして当然だったと言えよう。

 途端に纏っていた後悔の念が容易く吹き飛ぶ。

 それが原因で逃げている事実は覆らないが。


 ───しかし、困ったな……。


 彼女は悟られない様に口元だけを引攣らせる。

 先程の連中のおかげで今日はもう魔術が使えそうにないからだ。

 昼間、野盗に襲われた際に乱発し過ぎたせいもある。

 そもそもその野盗共も実にけしからん輩だったと更に呼び起こした記憶に憤りを覚える。

 空腹で困っている彼女に食料を恵む訳でもなく、むしろ襲いかかるとは!世の中、どうかしているなと。

 ただ、それにしても先程のミートローフ───今思い出してもよだれが出てしまいそうだ───。


「こらぁ女!何をにやけた顔してやがる!?」


 ゲイルの叱責に思わず我に返った少女は慌てて垂れかけたよだれを拭く。

 兄弟と思わしき重装甲達の会話はどうやら終了していた様で、再び意識は彼女に向けられていた。


「単刀直入に聞こう。して、私に何の用だ?」


 少女とは思えない様な口調で先程までにやけていた彼女は口元を引き締めた。


「悪い事は言わねぇ。嬢ちゃん、俺達と一緒に来てもらおうか」

「断ると言ったら?」

「またさっきの魔術で俺達を吹き飛ばすのかい?いいや、おまえさんにはそれは出来ねぇ。出来たらとっくにやっているよなぁ~?」


 言って自信に満ちた笑みを浮かべるフルアーマー長兄。ヘッヘッヘッと下卑た笑いで弟達が続く。


「……ならば試してみるか?」


 少女も男達に臆する事なく不敵に笑みを浮かべるが内心打つ手はなかった。

 こちらは魔力が切れた武器一つ持たぬ丸腰。たとえ剣の一本でも持っていたとしても剣術など随分長い事使う機会がなかった為、武装した複数の男に勝てる自信はなかった。

 万事休すの状態だとしても彼女は引く事をしない。

 人知れず望まずとも生まれ持った魔力とようやく向き合う事が出来る様になったのはつい最近の事だ。

 あれ程までに拒んでいた自分の『力』がいざ使う事が出来ない今現在、それなしでは自分自身が無力であると認めたくなかった。

 だから勝ち目のない戦いでも彼女は引く自分を許さない。たとえそれがただの強がりだったとしても……。

 しかし、流石にこの状況では成す術もない。それは痛い程分かっていた。


「覚悟は出来たいかい?お嬢ちゃん」


 攻撃を試みない少女の様子に確信を得た男が静かに歩み寄る。

 実際、魔力の切れた彼女に打つ手は皆無だ。

 少女が静かに戦意を失いかけた頃、その声は闇から聞こえた。


「───あ、あの、どうもー……」


 一瞬、その声に動きを止めた男達だったが、空耳だったと判断して意識を少女に戻す。

 しかし、少女はそれが空耳ではないとはっきり認識していた。

 声は背後から聞こえた。月の光りを遮る森の奥。

 振り返るまでもなく声の主は姿を現す。


「あ、えっと……」


 森の闇より現れたのは十代半ばの少年。

 低めの身長に重たそうな瞼、適度に整えられた黒髪。いや、後頭部付近は寝ぐせの様に撥ねている。

 黒生地のズボンに白いシャツ。その下から黒のハイネックが首の半分を覆っている。

 胸には軽装の黒い胸鎧装ブレストプレート、左手には鞘に収まった細身の剣を携えて。

 突然の来訪者に思わずギョッとした重装鎧ヘヴィアーマーの男達だが、少年の風貌を見て次第に心を落ち着かせる。


 ……いや、待て───だが、この少年はこんな夜更けにこんな場所で何をしているのだろうか?


 やがて男達の瞳が警戒の色を強めていく。

 ……いやいや、しかしながらやはり見たところ普通の子供。こんな時間にこんな場所にいるのは不自然だが、こんな小僧が何だというのだ。


「何だガキんちょ?道にでも迷ったのか?とっとと失せやがれッ」


 フルヘルムのバイザーを上げ、ゲイルは少しばかり大袈裟に威圧する。

 覗かせた素顔は年の頃三十前半の少し垂れた目蓋にチョビ髭が印象的な男。


 ぐぅー……。

 少年は何か言いたげにしているが、言葉が出てこないのか、はたまた言葉にするのを躊躇っている様子だった。それに付け加えてこのタイミングで腹の音が鳴ってしまい妙に気まずそうにして。

 それでも少年は面倒臭そうな表情を浮かべ、気怠そうに頭を掻きながら男達に歩み寄る。


「えっとさ、何て言うか、その……イジメ格好悪い」


 ───シャキンッ!


 少年が台詞を発したと同時に抜き放たれた剣はフルヘルムの隙間───バイザーを上げて顔が露出しているゲイルの目と鼻の先───虚空を裂いた。

 束の間、細身の剣はゆっくりと鞘に収められていく。


「───ッ!!!?」


 兜の中から顔を出す中年チョビ髭のゲイルはあまりに一瞬の出来事に硬直する。ゲイルはもちろん、ベイルにカイル、そして少女までも息を飲み、言葉を生み出す事が出来ない。

 そしてその静寂を切り裂いたのは少年だった。


「あのさ、もういい歳したおっさんっちが寄って集って一人の女子を虐めるのは良くないと思うんだよね、俺は。うん」

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