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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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第二十一話 雨の裏路地で少年と黒衣の男の『刃は交わる』

 嗚呼、面白くない。何だかとっても面白くない訳さ。

 俺の人生は後にも先にもこんな想いをする時が数え切れないくらい訪れるのだろうか?

 お呼びでない厄介事に振り回される日々はもうウンザリだ。けれど、今日だけは目を瞑ろう。何たって俺は今、無性に苛立っている。

 目の前にいる男に全てぶつけてしまいたいくらいに……!



「……ほう。何のつもりだ?」


 先刻から勢いを増した雨に濡れる裏路地で俺が見据える先に黒のコートを纏った男。その手に握られた抜き身の刀、その刃が妖しい煌めきを放つ。

 対峙してみて改めて分かった。この男は危険だ。静かに放たれる威圧感に思わず眩暈を起こしそうな神経を奮い立たせ俺は口元を緩ませた。

 腹の奥に渦巻く感情も今は少しばかり抑えないといけない。

 勢いだけで何とかなる相手じゃない事ぐらい俺にだって理解出来るさ。

 冷静になれ……さっきから俺の中でやけに煩く鳴り響く警鐘も聴こえないくらいに。


「《アナストリア》のあんた達、さっさと怪我人を連れてこの場から立ち去った方が良いさ」


 俺の言葉にハッとした連中が巨男と小男を協力し合って担ぎ出す。

 その光景を横目に黒衣の男ジルが地を蹴り、連中との間合いを一気に詰める。そしてその内の一人に向かって容赦のない刃は振り下ろされる……予定だったのだろうが、再び俺がそれを遮る。

 金属音を響かせ奴の刃を弾くとその反動を利用して身体を捻ったジルのターゲットが瞬時に切り替わる。言うまでもなく俺にだ。


「くっ……!?」


 その一撃をギリギリ鞘で防いだ俺はすぐに後ろへ数歩下がり間合いを取る。


「大した反応じゃないか」

「そいつはどうも。全然嬉しくないんだけどね」

「ふっ……とんだ邪魔が入ったもんだ」


 憎まれ口を軽く流して微笑を浮かべるジルを他所に俺は《アナストリア》の連中を横目に見送った。

 確かに相手は雑魚と言えども些かやり過ぎだこの男は。


「奴等を逃してしまった……そうなるとこっちとしてはお前と争う理由は特にないんだがな」


 そう言い放つとジルは刀を鞘へと戻し、未だその整った顔に微笑を浮かべる。

 この男本気で言ってるのか?定番のパターンなら奴等を逃した俺に目的を切り替えるってのが鉄板セオリーの筈だ。

 ……何考えてるか全く読めない。

 それでも俺は暫定的愛刀の柄を握り締めたまま、いつでも抜刀出来る態勢を崩さない。鐘は未だ鳴り止まないのだから。

 すると警戒心を保ちながら状況を窺っている俺の耳にチョビ髭男の声が響いた。


「あーーーッ!!てめぇはあの時のガキんちょーー!!?」

「…………ん?」


 あ……思い出した。あのチョビ髭確かベルブートの森で……。


「旦那ぁ!こいつだぜ、こいつ!《銀栄騎士団シルバリアナイツ》の屯所を吹っ飛ばした女を追ってる時に邪魔立てしたガキんちょってのは!」

「そうでやんす!思い出したでやんす!」

「俺とベイル兄を可笑しな剣術で攻撃してゲイル兄の額を割った奴だ!」


 口々に騒ぎ出した三人組。確かに覚えている。

 迷子になって三日間も彷徨っていたあの森で……あの森で───シルメリアを襲っていた連中……!!




 ───あれ……?




 何だろうこの腹の奥底から湧き上がる黒い感情は……。




 自分を……自分を保てなくなりそうだ……!




 …………ドクンッ…………!




 何かの脈打つ鼓動が静かに、そして確かに響く。






 ───無意識に俺の中で何かが切り替わる音がした。




「……そうか、そうか、そうだったさ……そう言えばあんた達……あの時シルメリアに何してたんだぁぁ───!!?」


 彼女を傷付けようとしていた連中を前にぐるりと世界は反転して意識は赤に染まる。


 ───赤く、赤く、黒く、黒く……。


 自分でも抑え切れない感情はやがて俺を支配する。

 次の瞬間、俺は地を蹴り出し、連中との間合いを詰める。躊躇いなど一切感じないまま、峰とは反対の方向───即ち、抜き放たれた乱れ刃文が宿る鋭利な側面を奴等に向けて一閃する。驚愕したままの奴等の表情すら気にも止めず。


 ガキンッ……!


 またしても裏路地に響いた音で俺は気付く。横から割って入ったジルの刃に。

 邪魔を……するなよ!!

 先程とは打って変って真逆の展開。そんな事すら気付く暇すらないくらいに俺の意識はジルへと向けられる。

 抜刀術も忘れ、目の前の男に向けてただひたすら刀を振り翳す。

 薙ぎ、薙いで、薙ぐ!

 単調になりつつある俺の攻撃を全て捌きながら、その一連の動作の中でも男は笑みを浮かべる。

 何だこいつ、ムカつく……!

 その余裕すら感じさせる表情を見ている度、湧き上がる途方もない苛立ちを【詫丸わびまる】に込める。


「うおおおおおっ……!!」


 猛る唸りに合わせて剣戟のスピードを上げていく。まだまだギアは上がる。もっと疾くだ!もっともっと疾く、疾く……!


「……つまらんな」


 刹那を彩る攻防の最中、途端に表情から笑みが消えたジルが吐き捨てる様に呟くと俺の刃を強く押し返した。

 体勢を崩された俺はすかさず間合いを取り、納刀する。

 対するジルもその手に握る火焔の切先を持つ刃を白塗りの鞘へと沈ませる。


「……ここまでだ。いつまでも子供の遊びに付き合ってられる程こっちも暇ではない」

「その台詞そっくりそのままお返しするさ!」


 お互い一言ずつ言葉を発すると精神を集中させていく。あちらさんはどうだか分からないがこっちは呼吸を整えながらその時を待つ。

 睨む様にして俺の見据える先には全く同じ体勢の黒衣の男が刀の柄を握り締めたまま、腰を深く落としていく。身体を支える二本の足はお互いを定める様にして右足が先行する。

 長い様で短い暫しの静寂。

 降りつける雨音に紛れて遠くの空で鳴り響く轟音が聞こえる。

 次第に近付いて来るその時に大きく息を吐き出し……一気に吸い込む!


 ……ダッ───!!


 蹴り出したタイミングはほぼ同時。

 一瞬にして二人の距離は縮み、互いの鞘から刃は抜き放たれる。

 抜刀の初速は負けてない……!

 刃は互いに向けて弧を描きながら一直線に交差する。

 ぶつかり合った二つの刃は今までにない衝撃を生み出し、火花を散らす。

 全てがほぼ同時に繰り広げられていた。


 ……だが、すぐにその終わりはやって来た……。


 ───バキン……ッ!!


 俺の耳にその音が届いた瞬間、奴の剣戟を押し返そうと力を込めていた右手が途端に軽くなった。

 刀身が真っ二つに分離した【詫丸】の片割れが宙を舞い、やがて俺の視界から消えていく。

 その代わりに眼前には俺の刀を砕いたジルの刀身が姿そのままにこちらへと目掛けて突き進む。

 まるでスロー再生を見ているかの様に時間はゆっくりと、だが、確実に刻まれる。

 全ての情景がスローに進んでいても俺だけ速く動ける訳ではない。俺もまた同じ時間の中にいるのだから。

 だからこそ迫り来る鋭刃をただ間近に感じる事しか出来ない。やがて自分を切り裂く奴の刃をただただ受け入れる事しか。


 くっ……!!


 やがて対象に到達した刃は俺の左肩の辺りを斬り裂き、鮮血を迸らせた。

 胸部でなかったのは不幸中の幸いだが、傷口はあまり浅くはない様子。燃える様な熱さを感じたすぐ後に洒落にならない激痛を運んでくる。

 痛みに耐え兼ね膝を崩した俺の前に佇むジルは血を払う様に一度空を斬るとその刃を再び鞘に仕舞う。


「……お前の剣は軽すぎる。余りに中途半端な剣だ」


 まるで見下す様にジルはそう吐き捨てると背中を見せて離れていく。

 こんな弱い俺にはもう興味ないってか……くそっ……。


「ま、待ってくれよジルの旦那、あのガキんちょは……」

「もうどうでも良いだろ、放っておけ。それよりもお前らのせいで随分と無駄な事をさせられた」


 裏路地を一人奥へ進むジルに慌てて歩み寄った三人組を終始変わらぬ表情で睨み付ける。その瞳に男達は揃って焦った様にして視線を泳がせる。


「まあいい。次から勝手な行動は控えろ、まだ生きていたいならな」


 間髪入れず、ジルの言葉に揃って首を縦に振る三人組。それを見た彼は呆れた表情で溜息一つ。


「……お前らのせいで飯も食いそびれたな。さっきの《アナストリア》とかいうギルドの連中が騒ぎ出す前にここから離れるぞ」


 そして彼らは裏路地の奥へと消えて行った。

 ただ一人取り残された俺はジンジンと痛む左肩を押さえて地面に仰向けになって倒れ込んだ。痛ぇ……。

 容赦ない雨粒が俺を打つ。打つ、打つ、打つ。遠慮なんかなしに。

 嘲笑う様に冷たく、いつまでも打ち付ける雨。雨、雨、雨。俺の頭を冷やす様に止めどなく降り続く。


 ……何やってるのさ俺は……。


 シルメリアがいなくなった途端何だか胸にポッカリ穴が開いたみたいで。

 塞ぎ込んでは空回りしてみたり、満たされない想いからガラにもなく自分でトラブルに首を突っ込んじゃったり。オマケに返り討ちにされちゃ世話ないや。



 はははっ……俺が一番ダサいな…………。

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