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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
27/84

第二十話 雨の裏路地で黒衣の男は『殺意』を振るう

 その男は目の前のチンピラ連中とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。

 やや青みがかかった黒髪に整った顔立ち。紛れもなく美形青年ってやつだが、それよりも印象的だったのが、深く憂いに満ちたかの様な青藍の瞳。それが彼の雰囲気をどこか冷たげに感じさせた。

 高級そうな衣服の上に纏う黒のコート、そして左手には───白い鞘に収まる一太刀の和刀。


 やがてその瞳が俺の瞳と重なり、世界は動きを止めた。

 いや、実際止まっていたのは俺だけだ。まるで時間が停止してしまった様な感覚に陥り、身動きが取れずにいた。

 そんな長くて短い一瞬を裂いたのは他でもないその男だった。


「……こんな所で騒ぎを起こすな」


 その言葉は俺ではなくチンピラ連中に向けられた。気付けば、既に逸らされた瞳が向けているのは仲間と思わしき三人の男。

 ブラウンの短髪の青年、同じくブラウンの髪に眼鏡の少年、またまたブラウンの髪にチョビ髭の中年。


「そんな事言ったってジルの旦那ぁ!先にふっかけてきやがったのはあいつらだぜ!?」

「そうでやんす!そうでやんす!」

「でも先に手を出したのはゲイル兄とベイル兄だけどな」


 三人の男は口々にジルと呼ばれたコートの男に詰め寄り抗議する。対する男の反応は至って素っ気なく、いい加減にしろと小さく溜息を零す。

 すると今度はそんなやり取りを見ていた反対側のチンピラ連中が声を上げる。


「てめぇら!俺らが《アナストリア》の者だって分かってんだろうなッ!?」

「ウチのギルドに喧嘩売ってただで済むと思うなよ!」


 口々に発せられる言葉はまさに三下のもの。

 でも確か《アナストリア》って……ここらでは有名なギルドだ。規模的にはウチよりも大きいんじゃないだろうか?それでもあまり良い噂は聞かないが、所属するハンターがあれじゃ何となく頷ける。


「《アナストリア》ぁぁ?だったら何だってんだ?」


 踵を返す様にチョビ髭の中年が睨みを利かせて威圧する。

 予想だにしない反応だったのか、《アナストリア》の連中が少しばかり慄く。

 まあ確かにこんないざこざでギルドの名前を出す奴など所詮格下。関係ない俺ですら話を聞いててダサいなと思わずにはいられない。


「ん?……確か《アナストリア》ってこの辺じゃかなり大きなギルドだぜゲイル兄?」

「ヤバイでやんすよ!」

「な……なに?そ、そうなのか……?」


 眼鏡の少年の発言を機にさっきまでの威勢は何処へやら……男達は次第に狼狽え始める。

 うん、こいつらも何かダサい気がする。


「へっへっ……頭下げるなら今の内だぜぇ?」


 すかさず《アナストリア》の巨体が下卑た笑いを浮かべ、連中もそれに続く。あの三人組はあそこのギルドを知らなかっただけか。と言う事は立場がはっきりしたな、これからどうするのだろう?

 傍観者俺は危機的状況に陥る寸前の三人の男に目をやる。


 ん?


 そこで何が引っ掛かった。

 眼鏡と短髪はともかく、あのチョビ髭のおっさん確かどこかで……?

 俺がゲイルと呼ばれる髭を思い出しているとその当人が……、


「ヤバイぜ、旦那ぁどうしよう……」


 情けない声でコートの男に救いの目を向ける。それは他の二人も例外ではなく、連中揃って額に汗を浮かべている。

 おや?

 俺はその中年チョビ髭の額に巻き付けられているガーゼに目が止まり、あともう少しで何か思い出せそうでいた。

 そんな記憶の本棚を整理している俺を邪魔する様に《アナストリア》の格下共が騒ぎ始める。


「俺達ギルド相手にそう易々と逃げれると思うなよ?謝るんなら早い方が良いぜぇ?」

「ただ、今土下座したところでハイ、そうですかとはいかねぇがなッ!!」

『ギャハハハハッ!!』


 雨のフレデナントの裏路地に男達の笑いは響き渡る。どうも下らない内容に思えて仕方ないが、関わり合いにはなりたくない。


 ……ただ、何だかむしゃくしゃするな。。


 ギルドの名をこんな喧嘩に持ち出して強がっている事もそうだが、今日はそんな事よりも何だか無性に苛立ちが込み上げる。可笑しいな……普段の俺ならこんな揉め事に自ら首を突っ込みたくなる様な性分じゃない筈なのに。

 でも今日は何か違う……お腹が空いているからかもな。でも何だかこの苛立ちを堪らなく誰かにぶつけてしまいたい……。


 俺は自分でも不思議なくらい負の衝動に駆られた。今まで感じた事のないこの感情は一体何なのだろう?自分が自分から離れていく様な……。

 そんな俺を尻目にまるで圧倒的有利な状態になったと錯覚している格下共は続ける。


「このままお前らを見逃すんじゃ《アナストリア》の面子が保てねぇ!どうしてくれようか……そうだ、そこのお前!」


 何か更に下らない事を閃いた巨体が指を差す。その先にはコートの男。


「……なんだ?」


 一切表情を変える事なくコートの男ジルは呟いた。


「見たところお前がリーダー格みたいだな」

「……だったらなんだ?」

「お前の腕一本で見逃してやる……!」


 ハンッ……。

 またあんな下らない事言ってるよ。ダサいな、やだやだダサい。

 蚊帳の外である筈の俺はそんな連中のやり取りを聞いて思わず苦笑しながら鼻を鳴らした。

 全く関係ないけれど、何だか面白くない。

 そして俺はゆっくりと立ち上がる。誰もこっちに気付いてなんかいない。むしろ好都合。

 不意打ちなんて好きじゃないが、無防備でいてくれた方が助かる。峰打ちで狙うとしても下手に動かれると手元が狂うかもしれないから。

 俺が腰に下げる【詫丸わびまる】に手を伸ばそうとしたその刹那、事態は急転する……。


「ふっ……」

「だ、旦那……!」


 呆れた面持ちで一笑したジルにゲイルが不安げな表情を浮かべている。

 そんな部下を無言で下がらせて一歩、二歩前に足を踏み出したジルは静かに微笑みながら言った……、


「悪いが、お前達の様な雑魚にくれてやる様な腕は生憎と持ち合わせていなんでな」


 彼がその台詞を口にした次の瞬間、巨男の右腕が宙を舞った。

 俺を含めた一同は突然の展開に状況分からず思考をカットされる。いや、正確には少し違う。俺は何が起きたか理解出来た。

 ジルという男が斬り落としたのだ、巨男の腕を。

 きっと瞬きしていたら分からなかった。あの抜刀のスピード。それでいて正確な太刀筋。

 何より俺の思考を抉ったのはあまりにも冷静でいて平然とした彼の表情。先程と何ら変わらない瞳の色。

 人を斬る事に一切の躊躇いがないそんな面で。


「───ゔッ……ゔわああああああッ───!!!?」


 自分の肘より先が失くなっている現実を激痛によって強制的に知らされた巨男が悲鳴を上げる。断末魔に近いそれに連中の仲間は一斉に焦燥する。ただ、誰一人として言葉を発する事の出来る者はおらず、皆表情は血が引き切った青色へと変貌している。それはジルの背後にいる三人組も例外ではなく、身動きも言葉も紡げず硬直していた。


「お前達がギルドにここでの事を持ち帰るというならこちらとしては後々面倒になり兼ねん。悪いが……たった今、ただで帰す訳にはいかなくなった」


 表情を一変する事なくジルが吐き捨てた言葉はその場の空気を凍てつかせるには充分過ぎる程冷たく、台詞と共に右手が柄へと伸びる。先程腕を斬り捨てた白い鞘に収められたその刀へ。

 誰もが息を呑む事さえも許されない様な時間の中、雨音と共に刃は抜き放たれる。


 あ……。


 身体は動かなかった。でも言葉にならない声だけが辛うじて喉を伝った俺の目の前で乾いた青藍の瞳の男が柄を握り、やや前屈みの体勢から腰の回転と共に疾速する曲線を描いた刃の剣戟。恐ろしく見事な抜刀術。

 その一閃は恐怖に縛られ身動きは疎か瞬きすら出来なかった小男の胸部を斬り裂いた。


「ゔ、ゔぅぁぁぁぁぁ……!!」


 敢えてなのか計り知れないが、即死を免れた小男の耳を塞ぎたくなる様な唸りに似た悲痛な叫びが上がる。

 もはや、この場は恐怖によって支配されている。

 石畳みを叩きつける無数の雨音や、遠くの空で轟く雷鳴などまるで遮断されてしまったかの様に。


「まっ、待ってくれ……!!?」

「もう勘弁してくれ!ギルドには何も言わねぇからッ!!」


 残りの連中が文字通り必死に懇願する。奴等も本能で理解したのだ。この男はヤバイ、次は自分の番になると。

 危険なくらい流れ出る巨男と小男の血は瞬く間に石畳みを赤に染めては雨が洗い流す。


「だ、旦那……これ以上はヤバイですよ……!?」

「そ、そうでやんす!」

「もうこの辺で……」


 流石にここまでの状況を予期していなかったのか、三人組が男を宥める。仲間である筈の彼らもその瞳に恐怖を宿しながら。


「……誰のせいでこんな事になっていると思うんだお前らは……?」


 仲間の声に振り返る事もなくジルの瞳は相も変わらず冷厳な色のまま、再び柄へと手を伸ばす。

 ひぃぃぃぃ……!と、《アナストリア》の連中はただ恐れに撒かれて声を漏らす。

 それでも男の動作は止まらない。


 ……何だよ……何なんだよこいつは……!?


 刹那、薄暗い裏路地を雷鳴の閃光が瞬いた。

 ほぼ同じタイミングで抜き放たれた男の刀。

 世界がコンマ数秒の間隔で刻まれる中、ほぼ同じタイミングで抜き放たれた俺の刀。


 ───ガキンッ……!!


 ぶつかり合う無機質な響音。

 遅れて雷鳴の轟き。

 弾き合う刃と刃。

 痺れるくらいの感触を手に残したまま、抜刀した【詫丸】を握り締める。

 本来頬を伝っている筈の冷や汗も大粒の雨が流していく。

 流れていかないのは何だかよく分からないまま胸につっかえる苛立ちだけ。


「いつまでも弱い者イジメはカッコ悪いよお兄さん」


 後先考えていない自分の行動。俺が一番嫌いなパターンも何だか今はそんな事どうでもよく思えた。

 口元に浮かべた笑みも実際は引きつっているかもしれない。でもそんな事もどうだっていい。


 俺は今、何だか分からないんだけども無性にむしゃくしゃしているのさ……!

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