第十八話 世界を焼く夕映えに包まれた少女の『言葉』
気付けば、眠りに落ちていた。
覚醒した俺が重たい瞼を擦りながら部屋の時計に目をやると時針が数字の5を指している。
窓越しに外の様子を確認すると真上にあった筈の太陽は赤々と燃え盛り、東の空へと向かっていた。
ゼーレ海を一望出来る二階の自室をとても赤い陽射しが染め上げる。
それは一面に広がる海も例外ではなく、まるで別の赤い大地を創り上げている様だった。
それでもやがてはあの太陽も地平線へと沈む。世界は紺碧に向かい、いずれ夜が訪れる。
それが自然の摂理だから。
ぐぅー……。
悲しそうな音で俺のお腹が鳴る。これも自然の摂理。
いつの間にか大量の珈琲で満たされていた胃袋が空腹感を訴えてくる。
そう言えば、朝食以来何も食べてないな。
夕焼け空を見つめたまま、そんな事を考えていると刹那、尿意を催す。昼間あれだけ珈琲を飲めば無理もない。これまた自然の摂理。
俺は部屋を出て、一階のトイレへと向かう。
その途中。
ガチャ……。
同じ様なタイミングで隣の部屋のドアが開かれ、中から人が出て来た。隣はシルメリアの部屋だ。
「あ……」
「あ……」
目が合った俺らはほぼ同時に声を漏らした。
そしてすぐに彼女は柔らかい笑みを浮かべて、
「ついつい昼寝が過ぎてしまったよ」
少しだけ恥ずかしそうに言った。
廊下に設けられた窓から赤い陽射しがシルメリアの白い肌と髪を染め上げ、緋色の瞳をより一層紅くした。思わずそんな姿に見惚れてしまった俺は言葉を忘れ、その場に立ち尽くしたが、すぐに我へと返る。
「お、俺も寝ちゃってたからまあおあいこという事でさ。それよりお腹空かない?俺はもうペコペコさー」
「そうだな。言われてみれば私も空いてきたかな」
「じゃあちょっと待ってて。支度したら何か食べに行こう」
迫る尿意に俺は廊下を駆け出す。早く用を済ませてシルメリアと夕食を取りに行こう。昼間、シバの話を聞いて少しだけ元気がなくなってしまった彼女の為に今晩は飛びっきり豪勢な夕食を……。
「───すま……い……ウキ……」
……え……?
背中越しに掠れる様な彼女の声を聞いた。
振り返ると再び消え入りそうな声でもう一度言葉は紡がれた。
「……すまない、ユウキ……」
燃える様に力強く夕陽は世界を焼いているのに、黄昏に染まる少女の表情はとても儚げで、触れれば壊れてしまいそうな錯覚を俺に植え付けてくる。
何だかこっちまで胸を締め付けられる様な彼女の表情に俺は耐え切れず……、
「…………え?何か言った?」
「………………いや……何でもないよ。忘れてくれ」
「そっか」
そして俺は階段を降りて下の階へと急ぐ。
聞こえなかった訳じゃない。聞こえないフリをした。
何に対して彼女が謝っているのか正直分からなかったけれど、冗談でない事は分かった。
だって出逢ってから初めて見た、あんな表情……。
踏み込むにはまだ勇気が足りない。
ただ、二度とあんな表情は見たくない……。
……そして、彼女は俺の前から姿を消した。




