第十七話 情報屋が告げる『現実』に少年少女は落胆する
□貿易都市フレデナント 高級スイーツ店 ストロベリーナイト
「さて……まずは何から話そうか」
ハーブティーが汲まれた上品そうな薔薇の蔓模様が刻まれたカップを口元に運びながら呟いたのはシバだった。
隣でシルメリアがこの地方の名産であるチプチと呼ばれる林檎に似た果実の紅茶を幸せそうに飲んでいる。仄かに騰がる湯気に酸味と甘味が混ざり合ってチプチティーの香りが俺の鼻を擽る。
先程までテーブルを埋め尽くしていた食器群も今では綺麗に片付けられ、俺はようやくという気持ちで未だおかわりを続けている珈琲のカップを置いた。
そんな俺を一瞥して対面のシバもカップを置き、会話はやっとこ仕事の話へと移った。
「……で、まずは何から聞きたいんだい坊や」
「そうだな……まずも何も聞きたい事は一つ、エミリオさんの《アビリティ》内での立ち位置を知りたいさ」
「立ち位置ねぇ……じゃあ逆に聞くが、奴等の幹部達の事はどれだけ知ってるのだ?」
こっちの質問に踵を返す様にして小柄な情報屋が問う。
奴等の幹部達───確かギルドからの情報だと中核を担う賞金首が数名いた筈。
その中でも実質リーダー格なのはフリーク=シュタイナーという男。かつてこの地方で最も悪名高かった盗賊団 《ゴブリン》に所属していた経歴を持つ。
《アビリティ》の初期メンバーの殆どが《ゴブリン》の残党だと聞いている。
そのフリークの片腕がカンフー=ベルトルという名の格闘家。そもそも《アビリティ》はこの二人から始まったと言われている。
その二人に次いで高額の懸賞金が賭けられているのが斬り込み隊長を担う古参のブリード=ビリーという名の双剣使い。ちなみに賞金首リストの中で額に三本の傷が入っているこいつが一番凶悪そうな顔をしていた。
その他にも古参連中が幹部らしいが、例外もいる。
何でも相当腕の立つ魔族の用心棒を抱え込んでいるらしい。そいつは賞金首ではないものの、懸賞金付きになるのも時間の問題みたいだ。新参者ながら実力を買われ、幹部扱いを受けているとか。
まあ大体こんなものか。
「ある程度幹部の顔と名前は把握してるつもりだよ。どいつも一筋縄じゃいかないみたいな連中らしいね」
「そうか。そういう連中ばかり集まっているらしいからな」
「それがどうしたのさ?」
「坊やが欲しがってた情報だろ?エミリオという男……奴もまたそんな連中に引けを取らん幹部の一人の様だ」
「……え」
その答えは予期していなかった。正確にはほぼ、だ。
思わず間抜けな声を上げてしまった俺の横から同じ様な反応をしたシルメリアがティーカップを置いてテーブルに身を乗り出す。
「エミリオも幹部という事は悪業に加担しているのか!?」
いつもより声を荒げてシルメリアは食ってかかる様な眼差しで目の前のシバに問う。そんな彼女の様子に情報屋は軽く鼻を鳴らし、
「何を今更……」
肩で息を吐いて情報屋はハーブティーを一口。咥内に拡がるペパーミントの清涼感を楽しみながら薄ら笑いを浮かべる。
「し、しかし、エミリオはまだ《アビリティ》に加入して間もないのだろう!?」
「逆を返せばそんな人間が短期間で幹部扱いだ。エミリオ=ローラン……なかなか頭の切れる男みたいだな」
「そ、そんな……」
正直、予定外だ。
ミミリアさんの話ではエミリオさんが《アビリティ》の連中と付き合い出したのは最近と聞いていた為、必然と盗賊団への加入→三下という図が頭の中で出来上がっていた。
即ち、現段階なら無理矢理にでも足を洗わせる事が可能なのだと。
それでも別の可能性も拭い切れない為、念を押してシバから情報を買う事にしたのだが……。
当たってほしくない方の予感が的中した。
幹部ならば下っ端連中と違い、単独での行動は慎むだろう。
単独行動があるとすれば、母親であるミミリアさんを訪ねる時だ。そのタイミングで説得を行うか?いや、いつ現れるかも分からない彼を待っている内に《銀栄騎士団》の《アビリティ》討伐が実行されてしまえば元も子もない。
こうなってしまった場合、打つ術はない。
「……やっぱり、盗賊業から足を洗わせようなんてこっちのエゴなのかな……」
「ユウキ……」
諦めに似た言葉が自然と溢れてしまう。流石のシルメリアもそんな俺に返す言葉が見付からない様だ。
「……ふぅ」
そんな俺達を見て情報屋は溜息をついて、カップを口元へ運ぶ。
「誰にだって何かしらの事情はあるもんだよ。坊やにだってあるだろう?それにお嬢ちゃんにだって……おっと、お嬢ちゃんは失礼だったかな?」
こっちの内情まで見透かしているかの様なシバの言葉に俺は返す言葉が見付からない。この情報屋の前では俺の素性から何から丸裸な訳で、ある意味説得力すら生まれる。
シバがシルメリアの何を知っているのか定かではないが、彼女も感じた筈。この情報屋は自分の『何か』を知っていると。
「仕事は終わりだな。あたしはまだ暫くはこの街にいるつもりだから必要があったら声を掛けてくれ」
「……出来ればもう二度とあんたの世話になる展開は避けたいさ」
「ふふっ、相変わらず可愛くない坊やだね。まあいいさ。スイーツご馳走様。美味しかったよ」
俺の憎まれ口を軽く流して席を立った情報屋は振り返る事なく手だけを振り、店を出て行った。
まるで取り残された様な二人に生まれたのは静寂。
でも、こうしてても何も始まらない。
「俺達もそろそろ行こうか?」
「……ああ、そうだな」
こうして俺達も安くない代金支払い、店を後にした。
まだ時刻は正午に差し掛かろうとする前にも関わらず、二人はそのまま宿へと戻り、各自の部屋に。
ベッドに横たわった俺は天井を見つめながら考える。何か最善の策がないのだろうかと。
事態は極めて難しい方向を辿っている。
幹部であるエミリオさんの説得など今となってはおこがましい。そんな気すらしてきた。
シルメリアは今何を思うのだろう……?




