第十六話 少女と情報屋は『甘美』に酔い、少年は苦い『珈琲』で腹を満たす
リムレア暦1255年 5月25日 9時30分
朝食を済ませた俺達は宿を出て情報屋に指定した場所、リタ武具商店前へと向かっていた。
何故そこを選択したと言われれば、一昨日この街に来たばかりの俺に他の場所が思い付かなかった……ただ、それだけの理由である。
リタの店に向かう道中、ふと見上げた空は晴天に見舞われ、健やかな気分になる様な暖かい抜群の陽気だ。買い物日和の港街は午前中から賑わいを見せている。
「ユウキユウキ、その情報屋とやらから《アビリティ》の情報を買うのか?」
「うーん、そうなんだけど、正確にはちょっと違うかな」
「む?」
「俺が欲しいのはエミリオさん個人の情報さ。普通に考えたら難しいだろうけど、今から会うその情報屋ってのは何て言うか……ちょっと普通じゃないから」
一応は《ヴェンガンサ》絡みで何度か情報を買った事があるのだが、出来ればそう容易く仕事をさせたくはない。
何故なら情報料が高過ぎる。
悪徳なんじゃないかって程に尻の毛まで毟り取ろうとする金額を提示してくるが、売買するその情報にまずガセはない。信頼度という意味では並の情報屋など足元に及ばないくらいに高い。
「それにしても今回はギルドが情報料を払ってくれて本当助かったよ」
「至れり尽くせりだな。またヘンリーに会ったらお礼を言わなくては」
「だね」
そんな会話を繰り広げながら店までの道を辿っているとすれ違う人々から妙に視線を感じた。正確には俺ではなくシルメリアの方にだが。
まあそれもその筈、一昨日のヘンリーくんの一言以来、彼女はもう見慣れたケープ姿ではない。それはつまりフードで顔を覆っていないという事で、全面に曝け出されたその美少女風の整った顔立ちが周囲の視線を集めていた。
黒基調に紫のラインが入ったチュニックにスカート、伝家の宝刀黒タイツ、その上にロングブーツを履き、紫黒色のブレストプレート。胸元には黒の宝石が煌めきを放つ。
艶やかな黒髪を後頭部辺りで束ねるその姿に隣を歩く俺も目が合う度、ドキッとしてしまいそうになる。
そんなシルメリアをすれ違う通行人が振り返らない筈がない。
そしてそんな彼女の隣にいる優越感に浸りながらご機嫌に道中を闊歩する俺。
◆
「随分と上機嫌だな坊や」
鼻歌交じりに街をひた歩いていると不意に言葉が投げかけられた。気付けばそこはもう魔族の少女リタが営む武具商店の前。更にその店先には俺よりもふた回り程小柄な……。
「やあ久しぶりシバ。出来ればもう二度と会いたくはなかったんだけど」
「相変わらず舐めた事を言う坊やだな。呼び出したのはそっちだろうに」
気軽に挨拶さえしてるが、会いたくなかったのは本当の事。まあそれは仕事上という意味で。
憎まれ口に余裕の笑みを浮かべている目の前の少女───いや、年齢は俺よりずっと上の霞色の髪をした小女、彼女こそが例の悪徳情報屋。顔立ちこそ幼くはあるが、彼女も人間ではないので実年齢は高い。
「神族か……!?」
彼女の金糸雀色の瞳を見るや驚いた様にシルメリアの口から言葉が溢れた。
それもその筈。シルメリアが紡いだ神族というのは魔族と同じ様な進化形のルーツを辿った長寿の種族。魔族同様に人間よりも三倍程の寿命を持つ。
シルメリアが驚いたのはここ<ルーゼン大陸>に神族がいるという事だろう。何せ、ただでさえこの大陸には神族が少ないと言われており、ましてここは人間主義が浸透するドラグー王国である。実際、シバの様に人間の前に堂々と姿を現わす神族は極めて珍しい。魔族よりも格段に、だ。
「女連れとは随分坊やも成長したものだな」
相変わらずひとを坊や扱いする小女。神族の特徴の一つである黄金色の瞳を揶揄う様に卑しく光らせながら。
「まっ……まあそれは良いのさ、今は!そんな事より仕事の話をしようじゃないのさっ」
「相変わらず揶揄い甲斐のある坊やだな。まあそう焦っても仕方ないだろうに。事を急ごうとすればいずれ何かを見落とすぞ?坊やがまだまだ足りてない点はそこだな」
……くっそ……!
悔しいがこの小女相手に口では勝てない。
でも俺は本当にこんな会話をしに来た訳じゃないのだ。出来ればすぐにでも仕事の話をしたい。
そんなこっちの事情を察してくれたのか、彼女は俺を揶揄うその口を一旦閉じる。
「さてと、では、仕事の話に移ろうか……と、その前に場所を変えよう。そうだな……甘い甘いスイーツが食べれる場所が最適だ」
「……あんたは必ずそれを言うね」
「気に入らないのなら今回の話はなかった事にするが良いのだな?」
「くっ……べ、別にそういう意味じゃないさ。ただ、俺もまだこの街に来たばかりだからスイーツの店なんて……」
「それなら問題ない。予め目星は付けてある」
「……左様ですか」
こうして俺達はシバの情報提供前の恒例行事でもあるスイーツ店へと連れて行かれる事となった。まあ慣れたもんだが。
心なしかシルメリアはウキウキしている様子。まあこちらも慣れたもんだ。
◆
シバに連れられてやって来たのは商業区の一角、数多くの飲食店が建ち並ぶリタの店から徒歩十分ぐらいの場所。
眼前には瞬きを数える度にチカチカする様な赤と黄色の色彩を奏でる店。大きな赤薔薇のモンタージュに刺々しい蔓が巻き付いた木彫りの看板。刻まれる『ストロベリーナイト』という文字。
おや?その店名には俺も聞き覚えがある。
スイーツ好きって訳でもない俺が耳にした事がある程の店ならさぞかし有名店なのだろう。
◆
「こ……これは……!?」
「危険な程に美味だ……!!」
シルクのカーテンやらブランド物の絨毯やら派手派手しい店内で丸いテーブルを囲みながら目の前のスイーツを口にした二人が驚愕の表情を浮かべた刹那、頬を赤く染めて表情がゆるーいものへと変化する。
生憎俺はこんな時間からスイーツを食べる程甘い物好きではない。イチゴのモンブラン状スイーツをゆるーいゆるーい顔で味わいながら食べている二人の前で渋めの珈琲を啜る。
……それにしても二人して何て幸せそうな顔をしているんだ。この勢いなら間違いなくおかわりへと移行するだろう。
◆◆
ガチャン……。
これで何杯目の珈琲だろうか?流石にお腹の方もたぷんたぷんになってきた。
シルメリアとシバときたらこちらはお構いなしで空になった小皿を積み上げていく。訝る俺の視線も何のその。ある意味見上げた精神だ。
シバとの付き合いで情報売買をする際、必ずと言っていい程スイーツ店に連れて行かれるのだが、お会計はこちら持ちな訳で……こんな有名店で、それもシルメリアと二人、更に更に見境なしに胃袋に沈めていくスイーツの群れ……恐ろしや……。
「コホン……!」と、微弱ながら抵抗を見せる俺の咳払いにようやく反応を見せたのはシバだった。
「まあそう苛立つな。我慢は忍耐力だ、そんな様子では坊やもまだまだだな。どうだ、坊やも一つ食べてみるか?」
「結構です」
今にも中から濃厚なカスタードが弾け出さんばかりのシュークリームを差し出す手を拒みながら冷ややかな視線で返す。
そんな冷淡な眼差しも鼻で笑われる始末。
「ユウキも食べれば良いのに。どれもこれも美味しいぞ?」
口の周りにカスタードクリームをつけたシルメリアが和かに言う。彼女なりの気遣いが妙に悲しい。お会計の際、その金額を目にしてさぞかし顔面を蒼白にして謝罪を述べるのだろう。そんな先に待ち受ける後悔も知れず、至上の幸せを噛み締める様に彼女は食らう。甘美に酔いしれながら。
…………おーい、そろそろ仕事の話をしようか。




