第十四話 所属ギルドで少年は盗賊団の『情報』を得る
かくして俺達は詐称騒動のお詫びでヘンリーくんから食事を(受付青年の来月分の給料から引かれるが)ご馳走してもらい(まるで親の仇の様に暴食したシルメリア)、充分にお腹を満たしてから本題へと移った。
「えっと……たしか《アビリティ》とかいう盗賊団の情報っすよね」
支部内の個室に通されてヘンリーくんが直にその情報を伝えてくれる様だ。支部長代行の彼がこうして直接対応してくれるというのはある意味VIP待遇で、細やかな申し訳なさが込み上げる。
「何か悪いねぇヘンリーくん。来たばかりだからやる事も多いだろうに……」
「ん?何を気にしてるんすか、全然問題ないっす!超余裕っすよ、ガミキさんの頼みなら!」
手元の資料に目を通しながら俺の思いを悟って笑顔で気遣ってくれるヘンリーくん。心なしかチラチラとシルメリアに目をやる仕草が多々見受けられる。
当のシルメリアはそんな彼の視線に気付きもせず、今から彼が提供してくれる情報を心待ちにしている様子。
「うーん、そうっすね……」
資料を捲る手を止めたヘンリーは頭の中で何かを整理した様な面持ちで静かに唇を開いた……。
「……ガミキさんが何でこいつらの情報を欲しがってるかは分からないっすけど……結論から言うと関わらない方が身の為っす」
まるで全てを見透かしているかの様なブラウンの瞳は諭す様に優しく、それでいて警告するかの様に冷やかな色を宿した。
「理由は二つあるっす。一つは盗賊団としての規模が問題っすね。元々チンピラの寄せ集め程度の人数だった筈がもうその枠には収まり切らなくなってるっす。資料によればここ数ヶ月の間に人数がかなり増大していて悪業が絶えないみたいっすから。まあ悪事を働いている点は前からなんすけど、本当の直近だと下っ端連中も単独で事を起こさず、幹部に統制された行動を取る様になってるみたいっす。その結果、下っ端の尻尾も掴めず、規模としては大きな犯罪が集団的に且つ計画的に行われてるみたいっす。そんな悪名が悪名を呼び、一盗賊団としてはこの地方で最大規模にまで膨れ上がったって訳っす。二人の目的が何かは分からないっすけど、下手に関わると面倒臭い事になるっすよ。それに……」
言葉は一旦そこで止められた。気付けば彼のトレードマークである笑顔は消え、いつになく真剣な面持ちで先を紡ぎ出した……。
「……ここからはウチでも幹部しか知らない極秘情報なんすけど……近々、《銀栄騎士団》が《アビリティ》討伐に動き出すっす」
「《銀栄騎士団》……って、あれだよね?確かこの辺り一帯の……」
「そうっす。ここエレナント州の自治組織っす。先代の領主が作り上げた《ヴァレリア委員会》とも王国軍とも独立してる治安改善を掲げる団体っすね」
つまりはあれだ。その《銀栄騎士団》が動き出そうとしているタイミングで《アビリティ》に接触すれば俺達が関わっているという情報が間違いなくそちらに流れる。騎士団もバカではない筈だから間もなく討伐する相手の近況を調べていない訳がない。
更には俺の素性が知れれば、所属している《ヴェンガンサ》に迷惑がかからないとは言い切れない。
どんな形にしろ俺達がエミリオさんに会うのに《アビリティ》の誰一人とも接触しないで、という展開は実に難しい話だろうし。
シルメリアの手前、諦める訳にもいかないしな。困ったな……。
「騎士団が動く正確な日時まではまだ掴んでないっすけど、そう遠くもないと思うっす。それにガミキさん、さっきも言った様に理由はそれだけじゃないっすよ」
え……まだ何か?と思わずそんな顔をした俺だが、すぐにヘンリーくんが言っていた初めに言っていた件を思い出す。
理由は二つあるっす……その言葉を。
「もう一つの理由は……ある《組織》の影です」
今までの付き合いの中で一番と呼べる程の真剣な視線は瞬きも忘れるくらいにしっかりと対面上の俺の瞳を見据えていた。
その短い言葉の中に紡がれた『組織』という単語が妙に重たげに響き、刹那、弾ける様にミミリアさんから聞いたあの話に繋がった。
───ある『団体』を援助している。
彼女が語った息子の言葉の中にあった単語だ。
俺としてもその言葉が気になっていた。
「これも極秘なんすけど、その《組織》ってのが、ちょっとヤバイみたいで……、実態は定かじゃないんすけど、反ヴァレリア委員会の革命団体ともアーリア信教の教えに異議を称える異教徒集団だとも…………」
「つまりはあれだね、深入りしなければ問題ないって事だよね?」
ヘンリーくんの言葉を遮ったのは他でもない俺の声。
難しく考え過ぎれば、難しくなっていく。かと言って別に楽観視している訳でもない。委員会絡みとか宗教絡みの厄介事なんて出来れば関わりたくもないんだけれど……隣に座ってるシルメリアの瞳には一切の恐れはおろか、戸惑いすらも感じられない。むしろ、やってやるさと意気込んでさえいる様子だ。
だからいちいち俺が迷ってる場合でもない訳さ。
「心配しないでヘンリーくん。上手くやるさ」
得意げに突き出した親指に目を真ん丸くしながら呆気に取られていた彼はやがてプツンと糸が切れた様に腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ……!ガミキさんこの一年で何かあったすか!?段々『誰かさん』に似てきたっすね!」
「ははは……それは何だかとっても複雑な心境さ……」
不意に飛び出た元相棒を連想させる言葉に複雑な想いを胸に宿した俺はただただ苦笑いだけが零れ落ちる。褒め言葉だったのか何だったのかは知れないが、俺はあそこまで乱暴者ではない。一応否定しておこう。
「別に《アビリティ》と戦争しようって訳じゃないっすよね?だったら何でも言って下さいっす!必要とあらば我ら《ヴェンガンサ》いつでも殴り込む覚悟はあるっすから」
いつも乱暴者達に囲まれてその尻拭いに追われる彼も結局本質的にはそっち側の人間なんだろうなとふと思いつつも……、
「話を物騒にしなくても大丈夫だから……」
そこは無茶する気ないんで。
でもそうだな、一つだけお願いしとこうかな。
「実はヘンリーくん。早速で悪いんだけど一つだけ調べてもらいたい事が…………」




