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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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プロローグ② 紺碧に堕ちる商業都市で銀重装に己を忍ばせ男達は『暗躍』する

□商業都市ビルノト 銀栄騎士団シルバリアナイツ屯所前


リムレア暦1255年 5月13日 夕刻


『当直御苦労さん。交代の時間だ』

『おお、待ちくたびれたぜ』


 そんな掛け合いの声がしたのはドラグー王国エレナント州商業都市ビルノトの一角───商業区裏側に位置する歓楽街外れの屯所前。

 日勤の屯所番と夜勤が入れ替わるちょうど夕時の刻。

 屯所と言ってもそう大層な物ではなく、警備兵が寝食をする為に設けられている二階建て家屋程度の宿舎。

 彼等は州領主直属の治安組織《銀栄騎士団シルバリア・ナイツ》、その末端だ。

 大陸の半分を制する執行機関《ヴァレリア委員会》の<ゼニス連盟>加入国に存在する公安とはまた別に先代領主が組織した治安維持団体である。

 当然ここドラグーにも警察組織は存在している為、法の名を掲げる事は出来ないが、市民にとってすれば二重に安全な生活を支えてくれる軽視出来ない団体でもある。

 そんな騎士団の屯所は古都リーディッシュの総本部を始めとし、州の各都市に点在する。

 一重に《銀栄騎士団》と言ってもその中でも役割が違う。

 都市警護は第三騎士団、各都市や周辺地帯で起こる犯罪や事故は第四騎士団の管轄だ。

 とは言え、公安の二番煎じに甘んじている組織の末端にはさほど縁のない話。

 屯所に在中する警護兵の多くは給料を貰う為だけにただ平和な都市の治安維持に努める。意識などは皆無で、ましてや『何か』が起こる事態など考えた事すらないのかもしれない。

 世界が夕映えの赤に染まり、夜を迎えるビルノトの歓楽街に色彩様々な灯りが咲く。

 歓楽街に隣接するメト通りも魔導灯の明かりが灯り、宿場や飲食店の客引きがちらほらと見受けられる。

 そんな飲食街から歓楽街へと移動する男四人と少女が一人。男達は揃って銀色のリングメイルを纏い、左腕には白百合紋様の腕章、腰には剣。騎士団の駐屯兵が夕食を済ませ宿場に戻ろうかというありふれた光景だ。

 ただ、普段のそれと違うのはその男達の背後を追うケープ姿の少女。顔をすっぽりと覆うフードを被っているが心なしか口許は緩んでいる様に見えなくもない。


「ご苦労さん」

「おっ。客人を連れてやがる……お前らも好きだね」


 屯所の入口で夜勤当直と軽口を交わして彼らは宿舎内へと少女を連れていく。


「全く……本当あいつらも好きだよなぁ」

「だな。お偉いさんにバレても知らねーぞ俺は」

「まあ、この時間じゃそのお偉いさん達が来る事もないんだろうけどな」

「ちげーねぇ。くっそ、屯所を宿場代わりにしやがって……羨ましいぜ……」


 少女連れの同僚を見送って夜勤当直の二人が雑談に興じる。そう、この時間になれば『お偉いさん』などが屯所に訪れる事はまずない。過去に一度あったかさえも曖昧な程だ。

 だから同僚のグループが女を連れ込んだところで誰にバレる事もない───自分達が密告しない限り。

 空を焼く夕陽は眠りにつき、世界は紺碧から夜へと姿を移していく。

 月や星々が輝き、またいつもと変わらない夜が訪れる───筈だった。

 異変が起きたのは少女連れの同僚達を見送って数分。不自然なくらいに間の悪いタイミングで彼らは現れた。


「お勤めご苦労」


 当直番に掛けられる声。三人の男。先端の尖った銀のフルヘルムに同色の重装、そして肩には白百合の刺繍が施された布が垂れ下がっている。


 見違える筈がない。騎士団の上位兵───それがこんな時間に何の用だ?それもこんなタイミングに……。


 二人の当直兵が抱いた疑問をすぐ様解決するかの様に先頭の銀重騎士が口を開く。


「こんな時間に何の用だってか?そうだな、ちょっとした仕事帰りに偶然街の屯所に立ち寄った。それじゃ駄目か?んんっ?」


 フルヘルム越しに紡がれた言葉は妙に嫌な含みを宿していた。

 瞳の色まで計り知る事は出来ないが、おそらく彼等は気付いている。先程屯所内に同僚達が少女を招き入れている事を、そしてそれを容認している自分達を。

 そこまで考えて逡巡しながら口を閉ざす当直兵。それに追い打ちをかける様に重騎士は言う。


「屯所を私用で扱う事は禁じられている。分かるよな?ましてや、売春の為の宿場代わりなんてのは以ての外だ!分かるよな!?」


 唐突に強めた語尾に当直兵二人の肩がびくつく。

 嗚呼、全て見通されている。もはや言い訳も出来ない。減給で済む筈がない。解雇は免れないだろう……何せ代わりはいくらでもいるのだ、屯所兵など───。

 様々な思いを巡らせながら二人は考える、明日からの事を。

 全身に嫌な汗を浮かべながら二人は返す言葉一つ紡ぎ出せないでいた。

 その様子を見た先頭の重騎士は一度軽く鼻を鳴らす。


「本来ならお前ら二人も同罪だ。規律違反を黙認してたんだからな!だが……まあ俺も鬼じゃねぇ、今回はお前らだけは見逃してやる」

「ほ、本当ですかッ!?」

「か……感謝します!!」


 想像もしていなかった上位兵の言葉に息を吹き返す屯所兵。

 だが、この時、二人は気付いていなかった。目先に救済の言葉を差し出され、それに続く重騎士の意図に。


「……ただし!条件がある」

「じょ、条件……?」

「そうだ。なに、大した話じゃねぇさ。ちょっとした『情報提供』をしてもらいてぇだけだ」


 先頭の重騎士の言葉に二人は顔を見合わせ息を呑む。

 ただ、彼らは理解している。これに拒否権などは存在しない。明日からのパンを選ぶか路頭に迷うかの二択でしかないのだから。


「わ、分かったよ。俺達に出来る事なら情報でも何でもくれてやる。その代わり約束してくれ……」

「話が早くて助かるぜ。約束は守るさ。そこのところは心配いらねぇ」

「それで一体何の情報を……」

「まあまあ、そう焦るなや。そうだな……まずはさっきの連中がいる場所に案内しろ。連中にも協力してもらわなきゃな」


 言って重騎士は促す。早くしろと言わんばかりに先程から後方うしろで口を閉ざしている二人の重騎士もヘルムの隙間から覗かせる瞳で威圧する。


「あまり待たせるなよ?こいつらは俺と違って気が短いんだ」


 間髪入れずに先頭の重騎士が言葉を紡ぐとその言葉か、はたまた後方の双眸に促され、仕方なく屯所兵二人は屋内の先導を始めた。


「……だ〜れが、『俺と違って気が短いんだ』だよ?一番短いのは自分じゃないか」

「そうでやんす、そうでやんす……!」

「しっー!しっー!声が大きい!言葉の綾ってやつだ、そんなのにいちいち反応するな!」


 屯所兵達とある程度距離を保ったところで今まで無言を貫いていた二人の重騎士が小声で叱責する。そんなクレームを遇らいながら重騎士は屯所兵に続く。


「いいかお前ら?ここからが本番だ。この屯所ごと俺らが取り込んじまえば《銀栄騎士団》の情報を引き出すのに色々と手間が省けるってもんだ!へへっ……もう少しだぜ……」


 その言葉に異論はない様子で後方の二人も後に続く。


 《銀栄騎士団》───エレナント州全土に点在するその組織の情報を引き出す為に彼らは暗躍する。

 その目的は要として定かではないが、彼らは期待に胸を膨らませながらもそれを悟られない様、銀の重装に自らを忍ばせる。


 ただ……そんな彼らの活動も数分後に起こる大爆発によって海の藻屑へ消えていく事となる。



 ───そして、『物語』の幕は開ける。

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