第十二話 所属ギルドで少年は詐称疑惑に『困惑』する
リタ武具商店を後にした俺達二人はそのまま商業区を奥へと進み、ハンターギルドへと向かった。
俺の所属する《ヴェンガンサ》は数あるハンターギルドの中でもちょいと有名な方だ。実質規模的には中の下といったところだが、発足して僅か数年で目覚ましい発展を遂げているハンターギルド界の新鋭でもある。
元々西方の魔法王国ルチルとの国境近くでスタートさせたギルドも現在ではドラグーに十近い支部を置いている。
ここに所属した経歴は色々とあった訳で……。
簡単に言ってしまえば一年程前一緒に旅をしていた男が強引に俺を巻き込んだ結果現在に至る。まあその男がギルドマスターと知り合いだったおかげで何かと優遇してもらい、今ではむしろ感謝しているくらいだ。
それにしても色々な事があったなぁ……。
「はぁ……」
「??」
感傷に浸り、自然と溜息が溢れる。
一年前まではその男に振り回され《ヴェンガンサ》の厄介事の解決に日々追われていたっけ。自慢じゃないが、その甲斐あってこのギルドの知名度が上がったのだが……良くも悪くも。
「とりあえずは《アビリティ》の事を探ろう。ウチなら少なからず情報が得られる筈さ」
「そうだな」
───ハンターギルド《ヴェンガンサ》フレデナント支部。
この地方では間違いなく一番大きな支部だ。フレデナント自体栄えている港街なので多くのギルドが存在する。そんな中で自分の所属するギルドを探すのは容易ではない……そんな風に考えていた。
しかし、現実は少し違っていた。
ドラグー有数の貿易都市の商業区、その各商会所が寄り添う様に集う場所で一際異彩を放っているギルド。そこがウチだった。
「ここは酒場か何かか……?」
思わずそう呟かずにはいられない外観。一歩中に入れば想像通りの光景が広がる。
「……ユウキ、ギルドとはどこもこういうものなのか?」
「……いや、多分ここが特別なんだと思う……」
西部劇に出てきそうな酒場の扉を開けてギルドに入った二人の目に真っ先に飛び込んできたのはまさに酒場の情景そのもの。まだ昼間だというのに多くの人間がテーブルを埋め尽くし酒を酌み交わす。どこからともなく聴こえる陽気な音楽に乗ってギルドは活気に満ち溢れていた。
ここはそうなのだ。ギルドマスターシリュウ=キサラギの考案の下、《ヴェンガンサ》のギルド内には例外なくどの支部にも酒場区画が存在する。
「何だか、楽しそうだなみんな」
その光景にシルメリアの胸が踊り出しそうなのが表情で良く分かる。目を輝かせながら自分もその輪の中に加わりたそうだ。
でも、これがマスターシリュウの意図でもある。
ギルドのメンバーは皆<仲間>。その信念の下、築かれた《ヴェンガンサ》は絆というものを何より大切にする。そんな目に視えない形を誰もが蔑ろにする事なくこのギルドは成り立っている。
所属当初、俺はそんなものがとても下らなく思えた。だけど、ここに身を置いて時間を重ねていく内に考えが変わっていた。ここはそういう所なのだ。だから今では所属していて良かったなとつくづく思う。
ギルド内の酒場区画もその一環。仲間達のコミニュケーションを深める場でもあり、情報交換の場でもある。
「お腹が空いてきたけど、昼食は後回しにしてまずは情報収集しようか」
「う、うむ……」
ほんの少し残念そうな顔をしたシルメリアを横目に俺はこの支部の窓口へと向かう。
建物内の右側───こちらが本来メインであるギルドのスペース。あちらこちらに賞金首の顔写真が張り巡らされており、幾人ものハンターがひしめいている。その列を成す受付カウンターには数人の男性がせっせと仕事をこなしている。
順番待ちをしている列の最後尾に並んだ俺達はその時を待つ。
◇
「さぁお次の方どうぞー」
受付の男性に呼ばれてようやく自分達の番が回ってきた。どれだけの時間がかかったか分からないけれど、待たされている時は長く感じるもの。しかも待たされるのは本日二度目ときているから尚の事だ。
よっこらせっと……些かおっさんくさい掛け声と共に受付の前の椅子に座る俺。隣にぴょこんっとシルメリアが続く。
「《ヴェンガンサ》フレデナント支部へようこそ。本日はどの様なご用件でしょうか?」
机を挟んで対面の受付男性───ブロンドの髪を横分けにした眼鏡の青年が爽やかな笑顔で言う。
「えっと、盗賊団の情報が欲しいんですけども……」
「情報提供はギルドメンバーのみとなっておりますが、ハンター証明書はお持ちでしょうか?」
マニュアル通りの模範的な回答を受けて俺は財布の中から一枚のカードを取り出す。俺の顔写真と大まかな情報、会員ナンバーが記されたギルドのカードだ。それが所属している事の証となるハンターの証明書でもある。
「拝見させて頂きます。それでは失礼しますね」
健やかな表情のまま青年はカードを手に取ると分厚い書物を取り出し、会員ナンバーを認証する。次に顔写真と俺の顔を入念に見比べてから何やらメモを取っている。
……ん……おや?気のせいだろうか、次第に青年の顔から笑みが薄れていっている様に思える。
「……大変申し訳ないのですが、他にご本人と証明出来るものはございますでしょうか……?」
「……え?」
まさかの展開に意表を突かれた形で硬直する俺。その仕草が怪しかったのか何か知らないが、青年の顔から笑みが完全に消えている事に気付いた。
ちょっと待って……何がどうなってるの……?
状況がいまいち把握出来ない俺が「他には何もありません」と答えると青年は露骨に表情を変えた。
「ご本人ではありませんね?いや、本人である筈がない!証明書の改竄はハンターギルド連盟に於いて重罪ですよ!それを分かってての所業でしょうね!?たかが受付と言えど《ヴェンガンサ》を侮らないで頂きたい!!」
突然鬼の形相で青年は捲し立てる。何だか事情がよく分からない俺を余所に声を荒らげながら。
完全にスイッチがオン状態の青年の様子に周りがざわつき始める。突き刺さる様な視線を一身に浴び、自然と苦笑いが溢れてしまう。
「あ、あの……何かの間違いじゃ……」
精一杯の否定の言葉がそれだった。全然意味が分からない俺だが、分かる事が一つだけあった。気付けば俺とシルメリアはギルドに訪れているハンター達に取り囲まれており、何だろう……ヤバイなと。
「こいつらウチのギルドをバカにしてやがるな!」とか、「良い度胸してるじゃねぇか!」とか、強面の人達が口々に罵声が浴びせてくる。
「どういう事だユウキ?」
「い、いや、俺も何が何だかサッパリ過ぎて……」
「まるで悪者扱いで気分が悪いな。いっその事私の魔術で……」
「いやいやいやいやいや……!!」
サラッと物騒な事を呟いて殺意が生まれたシルメリアを全力で宥めて、俺はどうにかこの状況を打破しようと考える。
しかしながら何の理由でこうなったのかも分からない為、何が出来るものか……。
「この少年は事もあろうにランクAを騙り、ウチのギルドから情報を盗み出そうとしたのです!」
そんな俺を余所に扇動者と化した受付青年が更に周りを煽る様な発言をする。明らかに周囲に向けられた内容だ。
でも俺のランクがAであるのは間違いない。そもそもそのランクっていうのはギルドに対しての貢献度の証。たしかにその最上位が付いている事に若干の抵抗はあるが、シリュウさんから直々に頂いたもの。でも今は否定すればする程良くない気が……。
「あの……どうしたら本人だと認めて……」
「まだ言うかこの賊めッ!よりにもよって《ヴェンガンサ》の立役者の一人であるユウキ=イシガミさんの名を騙ろうとは!」
俺の台詞を遮って響かせた青年の言葉にいよいよギルド内が険悪な空気に包まれる。強面の方々が今にも襲いかかって来そうな険相を浮かべ、中には武器に手をかける方までいらっしゃる。
流石に面倒臭くなってきたが、じゃあサヨナラとはいきそうにない。むこうは俺が『俺』を騙る賊とまで言ってるのだから。
強行突破か?でもそんな事をしたら二度と《ヴェンガンサ》の敷きりは跨げなくなるに違いない。
「さあ、大人しく警察に連行されてもらいましょうか」
キラリと眼鏡を光らせた青年の言葉に強面の方々が俺達の身柄を拘束しようと歩み寄る。
「もしも本物なら我々が束になっても敵わないんでしょうがね、ふふっ」
どんだけ過大評価されてるだろう俺は?そもそもこんな大人数相手に敵う人なんか……、
「どうするユウキ、吹き飛ばそうか?」
…………いた。
「……って、ダメだよシルメリア。仕方ないからここは一旦捕まろう、うん」
「どうしてだ?私達は何か悪い事をしたのか?」
「いや、してないけど、ちゃんと話せば分かってくれるさ……多分」
いまいち納得のいかないシルメリアさんを柔らく宥める事に成功した俺はとりあえず観念する。どうにかシリュウさんに連絡を取れれば誤解が解けるだろう。それまでは我慢という事で……。
「あっはっはっは!観念したかッ、留置所生活を精々楽しむんだな!」
まるで悪役さながらの高笑いを浮かべる青年がやけに憎たらしい。本来仲間である筈なのに憎たらしい。小突きたい程に憎たらしい。誤解だと分かった時は何をしてくれようか……?
口元に不敵な苦笑いを残し、大人しく捕まろうとしていたその時、救いの声は喧騒の中から聞こえた……。
『あっれー?ガミキさんじゃないっすかぁ!?』




