第十一話 覚醒した少年は『既に』興味を奪われていた
───ガチャン……!
「………………ッ!!!?」
その音と共に一瞬にして意識は覚醒した。
気付けば胸の鼓動は激しく鳴り響き、頬から汗が滴り落ちる。そして気持ち悪いくらいに背中を濡らす冷や汗。
心臓を直接握り締められているかの様な圧迫感に未だこの手は震えを残す。
そこでようやく右手から<ソレ>が離れ落ちている事に気付く。足元には深緑色の下緒が巻きつけられた黒漆塗りの鞘に納まったままの刀が転がっていた。
俺の異様な様子にシルメリアだけでなく武具店の少女も驚きの表情を浮かべ、こちらを見つめている。
「ど、どうしたのだ!?大丈夫かユウキッ」
「どこか具合でも悪いんですかぁ……?顔が真っ青ですよぉ」
心配そうに顔を覗き込むシルメリアと少女。さぞかし酷い顔をしているんだろうな俺は。普段ならそんなに顔を近付けられたらマトモじゃいられないけれど、今は余裕がない。あんなのを感じたのは生まれて初めてだったから。
こっちが使用者にも関わらず、むこうに主導権を奪われそうになった。それだけでなくあんなにも明確に意志を示す代物自体出会った事がない。
斬る為だけに生まれ、刀自身もそれを望み、かつての使い手もそれを望んでいた。結果、使い手が去っても刀は闘争を求める。血を求め続ける。
尽きる事ない欲望が渇きを潤そうと、何度でも。
啜っても啜っても尚、繰り返す。
啜っても啜っても未だ、終わらない。
それがヤツの存在意義だから。
嫌いじゃない。
それがあの刀の生まれてきた意味だ。ヤツは本能に忠実に従っているに過ぎない。俺なんかより、よっぽど立派に思える。
剣術を中途半端で投げ出してしまった自分と比較すれば、主を失って尚、自分の存在を肯定するかの様に欲を満たそうとするそんなヤツが羨ましくさえ思えてくる。
かと言って扱うにはちと危険過ぎる。いつ呑み込まれるかも分からない状態で【詫丸】の代わりとするのは如何なものか……。
ただ、ヤツの事が気になってしまっている事実は自分でも否定出来ない。
さて、どうしたものやら……。
「心配かけてごめん。何ともないさー、ちょっと調子が悪くなっただけ。でももう復活しました、うん」
「本当に大丈夫なのか?何だったら少し休もうか……?」
「本当に大丈夫だよ。ありがとうね」
心底不安そうなシルメリアに向けてビシッと親指を突き出し、俺は笑みを浮かべる。彼女が心配してくれる、それがちょっと嬉しいけれど、いつまでもへこたれてはいられない。
まあそれにこんな事恥ずかしくてなかなか言えたもんじゃないが……彼女の顔を見てたら先程の恐怖感なんてどこかへ行ってしまったみたいだ。
……と、流石にこの発言はキモいですか?
さ、さあ、気を取り直していこうか!
「ごめんね、売り物を落としちゃって」
「いえいえ、良いんですよぉ」
「俺が拾うよ」
少女がヤツを拾おうと手を伸ばしたが、俺はそれを制止して自らの手を伸ばす。
来るなら来てみろ。もうさっきの様にはいかないさ……!
ある種の覚悟を交えて伸ばした俺の手が刀の納まる鞘に触れた……。
「……ははっ」
思わず小声で笑い出した俺に二人の少女は目を丸くしている。当然か。これじゃちょっとばかりおかしな奴だな俺は。
照れ隠しに頬をポリポリと掻きながら拾い上げた刀は先程と打って変わって大人しかった。それは俺を怯えさせない為だろうか、或いはこんな小心者に興味が失せたのかは分からないけれど。
その豹変振りが思わず笑えてきただけだった。
……シャキン。
鞘から抜き放たれたヤツの刀身は木を縦に割った様な柾目肌で広直刃が少しばかり味気なさを出していた。しかしながらしっかりとした仕事が成されている。先の刀よりは劣るが実際俺の興味は完全にこいつに向けられている。それに寿命の方も長そうだ。
「えーっと……参考までにこの刀の値段を教えてもらっても良いかな?」
「あ、ハイ!えっとですね……お客様が手にしてらっしゃるのが、無銘物なんですけど10万ゼルです。一応は茎に銘が刻まれていないか確認したんですけど、職人か刀自体の名前らしきものが彫られています。ちなみにぃ……一つ前の刀は割と有名な方の作品でして良業物となっておりますので23万ゼルしますが……」
「へぇ……思ってたより安いね」
まあ無銘物だし実際相場はそんなもんか。いや、この仕事ぶりなら無銘と言えどもうちょっとしてもおかしくはない。
「ユウキ、10万が安いのか?10万だぞ!?」
隣で刀の金額を聞いてから驚きを隠せないシルメリアが何度も俺に確認する。確かに安い金額じゃないけれど、刀を造る手間などを考えれば妥当、もしくは安くもある。他の武器と違って刀ってやつはこの国では需要が少ない希少な代物だから。
「それじゃあ、もうちょっと他の店も見て回りたいからこいつをキープしてもらってても良いかな?」
「了解ですぅ!」
ビシッと敬礼した少女に思わず俺は笑みを零す。
さて、まずはギルドに行くんだったな。
時間はあるし、武器はその後ゆっくり探すとしよう。まあ大方さっきのヤツで決まりそうだが。予算的にはまだ余裕もあるし、余り焦ってもしょうがない。
「じゃあとりあえずハンターギルドに行ってみようかシルメリア」
「うむ、そうだったな。《アビリティ》の情報を仕入れないと」
こうして俺達はリタ武具商店を一旦後にする。
「では、またなリタ」
「またお待ちしておりますですぅ」
別れの挨拶を交わす二人の少女。あの娘リタって言うのか。うん、店名そのまんまだな。
大きく手を振り、豊満な乳を揺らす武具店の主である魔族の少女リタに見送られ、俺達はハンターギルドを目指すのであった……。
……それにしても冷静になったらやっぱり気になる。あの格好は何とかならないもんなのか……。
………まあ、嫌いじゃないが…………。




