第九話 商業区の古びた武具店で少年は『刀』を求める
「いらっしゃいませ~いらっしゃ~い!粋の良いソードにスピア、ナックルはいかがですかー?新鮮なアーマーも各種取り揃えておりますよー!ピッチピチですよぉ!さあさあ、見てらっしゃい!寄ってらっしゃいですぅ!」
ハンターギルドへ向かう途中、妙に耳についた売り込みの声に俺は思わず足を止めた。
「どうしたユウキ?」
「いや、ちょっと気になっただけで……」
「……ほほぉう……ユウキはああいうのが好きなのか?」
「へ……?」
彼女の見つめる視線の先には古びた一軒家。いや、そのボロ家屋に無理矢理手を加えた様な手造り感満載の武具店。そこのカウンターに先程の声の主はいた。
肩まで伸びた見事なまでのピンク色の髪をした少女。顔はどちらかと言えば可愛い方だ。
ただ……それよりもその少女の格好が余りに強烈なインパクトを放っている。上半身に纏っているのは黒の水着の様な物……のみ。そしてグラマラス過ぎるその……その…………ん……?
「ち、違うさ!そ、そ、そ、そういう意味で言った訳じゃ……!!」
とりあえず全力で否定する!変な誤解を生みたくはない!勿論嫌いじゃない!いや、むしろ好きじゃない訳がない!健全な男子たるや至極当然の思考。
ただ、彼女の冷ややかな視線に耐えられる程俺のメンタリティーは強化されてはいない。だから否定する。好きだけれど、好きじゃない!断じて……!!
「何を焦っているのだ?冗談だよ」
頭の中が大混乱な俺を尻目にシルメリアの表情はキョトンとしている。むしろ本気のクエスチョンマークを頭上に浮かべて首を傾げてさえいる。
途轍もない冗談だ……!
出来ればこんな破壊力のある冗談は多用しないでもらいたい。
ともかく……、
「な……何でもないです。ハイ……」
ひとまずは助かったみたいだ俺。
別に何かの意図があった訳じゃなさそうだし、情けない事に一人で慌てふためいてしまった……。
それにしてもけしからんのはあんな格好をしている方さ!こんな真っ昼間からハレンチな!確かにこの国の気候は年中通して余り変化はないが、水着はないだろう!嫌いじゃないが。
それに加えてあの豊満な…………乳。目がいかない訳がない。嫌いじゃないが。
「それにしても珍しいな。ああも堂々と……」
「そ、そうだね。よくもまぁあんな格好で……」
徐な呟きに対してとりあえずここは合わせておくポイントだと判断する。嫌いじゃないが。
「ん?いや、違うよ。よく見てごらん。彼女は魔族だ」
「…………え?」
言われて初めて気付いた。
確かに外見は人間と何ら変わらないが魔族には決定的に違う点が二つ在る。尖った耳に赤の瞳。彼女はそれに該当していた。そこでようやくシルメリアが言わんとしている意味を悟る。
人間中心主義が浸透しているドラグーに於いて魔族が店を構え商売をしている。勿論この国にだって人間以外の種族は存在している。ただ、少数なだけ。付け加えれば、その多くは余り目立たない形で。
それが彼女ときたらこんなにも大きい街で堂々と……。
シルメリアの言葉にはそんな意味が込められているのだろう。
少なからず差別はある筈だ。悲しいけれどそれが存在しない世界を俺は知らない。
「少し彼女の店に寄って行っても良いかな?」
「うん。構わないさー」
「ありがとう」
優しく微笑んだシルメリアと彼女の店に近付くと店主である桃色の髪の少女がそれに気付くや元気な声を上げた。
「いらっしゃいませ!リタ武具商店へようこそです!何かお探しでしょうか?」
シルメリアとは少し感じの違うえんじ色の瞳を輝かせる少女……外見は十代後半の同い年くらいに見える。
それはそうと失礼ながら店頭に来て改めて思うのだが、実にボロっちい……いや、風格のある店だろう。幸い店先にディスプレイされている鉄製のフルアーマーは光沢を放ち、店の外観と比例してより一層良い品ではないかというイメージを沸かせる。が、カウンター越しに店内に目をやると窮屈そうな武器防具が所狭しとぶっきら棒に陳列されている。もしかしたら刀の一本でもあったりするのかな?
「カタナなんて置いてある?」
「カタナですかぁ?えーっと……ありますよ、何本か。ちょっとだけお待ち下さいねぇ!」
この地域では余り用いられていない武器の名に一瞬目を丸くした少女だったが、すぐに在庫を確認する為にそそくさと店の奥に消えていく。
後ろ姿から確認出来たのだが、下半身はパレオの様な布地を巻き付けている様子で一安心。ここは海辺か!とツッコミたくなる衝動に駆られたが、良しとする。これ以上の刺激は破滅を辿り兼ねないので。
「あるんだ、カタナ」
「良い物だと良いな」
「だね」
内情を悟られない様にシラっとした表情のまま俺はシルメリアと言葉を交わした。
◆
「たっ、大変お待たせしましたぁ……!当店で扱っているのはこの三本ですね」
そう言って少女が商品を持って来たのは数十分が経過した頃だった。
些かまだかまだかと若干の苛立ちを覚えかけたが、店の奥でガチャン!ガチャン!と商品の山の中から必死に品物を探し慌てふためく涙声が何度も何度もこちらに謝罪を述べていた。そういう訳でどうも怒り切れなかったが。
まあそれは置いておき、俺は少女がカウンターに並べた三本の刀に目を向ける。どれも鞘に納められていて実際手にしてみないと分からない。
自慢ではないが、物心付いた時から当たり前の様に刀の存在が間近にあった為、目利きには自信がある。
付け加えて言えばもう一つ、不思議とその刀が抱く感情まで読み取れてしまう。何故だかは自分でも分からないのだけれど、その能力は俺と姉ちゃんにだけ宿った。刀が言葉で語りかけてくる訳ではなく、あくまでも何となくだ。そう、その何となくが確かなものであると疑った事はない。
「いかがでしょうか?」
「うん。実際手に持ってみないと分からないや。鞘から抜いても良いかな?」
「勿論ですともぉ!」
了解を得たところで何の気なしに選んだ一本を手に取り、鞘から引き抜く……引き抜く……いや、引き抜けない。
「ちょっとお姉さん。これ刀身が錆びて中で固まっちゃってるんじゃないの……?」
「え……えぇーーッ!?ちょっと貸して下さい……!」
思わず苦笑いを浮かべた俺の冷やかな視線に少女は慌てふためき涙目のまま刀を奪い取る。
顔を真っ赤にして力の限り刀を引き抜こうとしている姿が余りに滑稽で、呆れるどころかそれを通り越して笑いを覚える。
じゃあとりあえずそいつは置いておき、次の一本。実はこれの方が気になっていたんだな。
俺が手にした二本目は焦げ茶色の鞘に納められていた。鞘自体に装飾が施されている訳ではなくデザインは無骨だが、和漆の塗られ方が随分と丁寧だ。おそらくはちゃんとした職人の手によるものだろうなと思い期待も深まる。
横目に刀を抜くのを諦めてしょげている少女にシルメリアが声をかけているのが見えた。この国で同族に出会えるというのもなかなかない機会なので彼女の表情はいつになく明るい。暫くの間はそっとしておいてあげよう。
それよりも俺はこの刀の方が気になってしょうがない。柄を握った感じは悪くない。では、早速中身と御対面といこう。
……シャキン。
鞘から抜き放たれた曲線を描く刃は板目肌に乱れ刃の刃文を散らす上質な品。思わず、へぇーと声を上げてしまいそうになる。こんな業物がよくこんな店に置いてあったもんだ。そう言ったら失礼かもしれないけれど、これはそれだけの品だ。少し手入れをしてあげればすぐに本来の切れを取り戻すに違いない。
まさか、フレデナントにやって来て一軒目でこれだけの物に出会えるとは思いもしなかった。
今すぐにでも購入したいのは山々だが、折角の大都市だ、他の店を見て回ってからでも遅くはないだろう。品物の山に埋もれていたこの刀が今日明日売れてしまうとも思わないが、とりあえずキープしておいてもらおうかな。
そんな事を考えながら武具店の店主に目を向けるとシルメリアとの会話が思いのほか盛り上がりを見せている。
邪魔をしたら可哀想かな。もう少しそっとしておこうと思った俺が三本目の刀に手をかけたその時だった。
……ドクンッ……。
───え……?
背筋に僅かな寒気を感じた。
俺の掌に<ソレ>は確かな拍動を響かせ、赤黒く染まる意識が全身へと雪崩れ込んだ………。




