第六話 宿場の女将は語り、少年は『記憶』を呼び起こす
「…………そういう訳であの子はああなっちまったのさ」
リビングの椅子に腰掛け、ティーカップを両手に包み込む様にしてミミリアさんは話を終えた。終始カップの中の紅茶を見つめながら俯き、悲しそうな表情に時折、笑みを浮かべて。
「……そうだったんだ……」
気の効いた言葉一つ浮かび上がらなかった俺はただ呟き、静寂に身を置く。
隣でいつになく真剣な面持ちで黙って話を聞いていたシルメリアは今も尚、表情を崩す事なく無言でミミリアさんを見つめる。
まあ実際俺には子供がいないし、彼女の想いはあくまでも想像でしかない。きっと自分の子供だったらと思うと辛いだろう。そして頭で考えている俺には想像も付かないくらい当人は辛いに違いない。
だから何も出てこなかった。適当な言葉を選択すべきではないと脳が判断したからだ。
ミミリアさんが話してくれた内容はこうだ。
まず、先程の男は彼女の一人息子エミリオさんで、今現在は独り立ちしてリリーフ村を出ている。それ以降、今は亡きご主人と共に拓いたこの宿場で生計を立てている彼女。
だが、近年客足も下降線を辿る一方との事。それでも彼女一人が食べていくには申し分なかった。なのだが……家を出て行ったきり音沙汰のなかったエミリオさんがある日突然やって来て言った……。
金を貸してくれと。
それも1000ゼル、5000ゼルの小遣い程度の金ではなく、まとまった金を、とこうだ。
驚いたミミリアさんは何度も事情を尋ねるがその時彼は何も答えなかった。
それでも大切な一人息子の身に何か大変な事が起きているのだろうと悟った彼女はコツコツと蓄えていた貯金を崩し、金を手渡した。
事情も告げず、感謝だけを述べながら去っていく息子に一抹の不安を感じながらもその場は彼を見送った。
しかし、それで終わった訳ではなく、むしろ始まりだったのかもしれない。
エミリオさんは事ある事に母親を頼っては金をせびる。些か不安に思ったミミリアさんが理由を問いただすと息子は瞳の奥に暗い闇を抱えて、こう答えた───、
『……ある団体を援助している』
その為、金がどうしても必要なのだと。
そして彼はそれ以上を答える事はなかった。
大事な一人息子の為に自分がしてやれる事があるのなら親としては躊躇いたくはない。だが、現に金が底を突いているのも事実。それに加えて息子が『団体』と呼ぶ実態の見えないものがどうも引っかかる。
彼女は最初に金を貸した後、息子の周囲を探っていた。子供を心配に想う母親として不思議な行為ではなかったのだが、結果的にそれが更なる不安を仰ぐ事となる。
エミリオさんが普段行動を共にしている連中は近隣の街では有名なチンピラグループ……そう言えばまだ聞こえは良いが、実際は盗賊紛いな強盗や窃盗を行い、闇市に品物を流している地元では悪名で知られる犯罪一団。確かそんな話を少し前にハンターギルドで耳にした事がある。
俺の記憶が確かならその一団の名前は《アビリティ》。
何人かの幹部はお尋ね者としてギルドに顔写真が掲載されていた。聞いた話によるとその一団は今年に入って急速に頭角を現して勢力を拡大しているらしいが、そろそろどこぞの騎士団のお出ましかと思える。
そうなったらそこに所属しているエミリオさんはお咎めなしなんてそんな都合の良い具合にはいかないだろう。
ちょっとばかり厄介な連中と関わっているみたいだな……。




