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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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第五話 宿場の勝手口で少女は屈託のない『微笑み』を浮かべる

「ただいま帰ったさー」


 軽快に宿の扉を開け、帰路に着いた俺とシルメリア。リリーフ村での刀購入を諦め、目的を失った俺であったが、買い物は予想外に楽しいものとなった。

 あれもこれもと興味を示すシルメリアと露店周り。金銭的には若干余裕のある俺はその都度何かを買ってあげようとしたのだが……、


 ───【レイリー】くんがあるから充分だ。


 そう言って微笑み返す彼女。そんな笑顔に一回一回ドキッとさせられながら結果的に露店を冷やかす様な展開となったが、それもデートの醍醐味というやつである。昔読んだ何かの本にそんな事が書いてあったのを思い出しつつ、気付けば太陽は真上へと昇り、彼女の腹の音が昼時を迎えている事を告げた。

 宿で昼食が出るという話は聞いていなかったのでとりあえず適当な店へ。

 そこでリリーフ産の新鮮トマトを使ったミートソースが絡められたパスタを食す。旨し。カルボナーラを注文したシルメリアもさぞかしご満悦な様子。

 満たされたお腹に食後のデザート。これまたリリーフで採れた新鮮ミルクのかかったコーヒーゼリー。甘味と苦味がせめぎ合って絶妙なハーモニーを咥内で巻き起こした。子供の様に目を輝かせていたシルメリアだったがゼリーの苦味があまり得意ではない様子で顔を歪めていたりもした。


 そんなこんなで俺達がミミリアさんの宿に戻ったのは午後を回って暫くしてからの事だった。

 そしてすぐに異変に気付く。いや、そこまで大袈裟なものではないが、宿内の雰囲気が少しばかり……静かすぎる。

 ミミリアさんは外出中なのか?鍵をかけないまま?それはちょっとばかり無用心すぎる。

 俺とシルメリア以外の客がいないってのは聞いていたが、こうも宿全体に気配が感じられず、静かだと気になるな。それともちょっと俺が気にしすぎなのか?


「ユウキ、外だ……」

「え……?」


 俺の心中を悟ったかの様にシルメリアは歩き出し台所の中へと入って行った。


「あ、ちょ、ちょっと……」


 外だと言いながら台所へ向かう彼女に疑問符を浮かべながら後を追うが、すぐにその真意を悟る。

 成る程。

 所狭しと調味料、食材の置かれた台所の角に勝手口があり、微かだが声はその外から聞こえた。


『───いいから、早く出せってんだよ!こっちはばばあの説教を聞きに来たんじゃないんだよッ』

『お金ならもうないよ!あんたが全部持っていっちまったんじゃないのさ!いい加減におしよ!』

『うるせぇなぁ!こっちは金がいるんだよ……あと少しで俺も『上』に上がれそうなんだよッ』

『あんたまだあの連中と連んでるのかい!?悪い事は言わないから早く手を切りなさい。あたしゃどうも嫌な予感が……』

『もう俺だって子供じゃねぇんだ!そんな事まで指図される筋合いはねぇよッ。金がないんだったらもう用はねぇ……!』

『……嗚呼、待っておくれエミリオ……!!』


 やがて静寂が訪れ、男が去って行ったのが分かった。結果、盗み聞きという形になってしまったが、何とも気まずい会話だっただろう。あんなにも明るく陽気なミミリアさんにもこんな事情が……。

 ガチャ……。

 勝手口のドアを開けて表からミミリアさんが台所に入って来ると当然の様に俺達と鉢合わせる。

 あ、しまった……。

 そんな表情を浮かべて立ち尽くす俺に少し驚いた様子のミミリアさんだったが、すぐに慌てて誤魔化すような表情に変わる。逆にそれが少し可哀想な気もしたが、俺はこんな時に出てくる言葉を持たなかった。


「やだねぇあんた達いつからここにいたんだい?恥ずかしいところを聞かれちまったねぇ……」

「すまないミミリア。盗み聞きするつもりはなかったのだが、声がしたのでな……」

「そ、そうなんだよね」

「こんなところであんな大声出してれば聞こえたってしょうがないさ。何でもないから気にしないでおくれ」


 そう言ったミミリアさんは笑顔のまま台所で仕込みを始める。あの笑顔が本物でない事くらい流石の俺でも分かる。それでもそれはミミリアさんの事情で、他人である俺が入っていく訳にはいかない領域の出来事なのかもしれない。

 でも、昨晩空腹の俺を助けてくれた恩人である彼女に何かしてあげられる事はないのだろうか……?


「ミミリア、余計なお世話かもしれないが私達に何か出来る事はあるだろうか……?」


 俺の想いを間髪なしに言葉に換えたのはシルメリア。そんな彼女の言葉を受けて少し驚いた様子のミミリアさんは一呼吸置いて微笑みを浮かべた。


「気を遣わせちゃって悪いね。昨日会ったばかりのあんた達に……」

「い、いや、気を遣うなどと私はそういうつもりではなく……」


 口籠もるシルメリアを見て女将はより一層の微笑みで……いや、気を遣わせて申し訳なかったと、表情で語りかけている様だった。

 確かに先程の声の男が誰であれ、昨日客として宿泊しただけの俺達が関わる問題ではないのかもしれない。気を遣っているのは本当に俺達に対して申し訳ないと思っているからなのかもしれないが、そのどこかに踏み込まれたくない部分が存在しているのかも。それをどうにかしてあげたいなんてもしかしたらそれはただのエゴ……。


「───私は親の作った食事を殆ど食べた事がない。母様は生まれつき身体が弱く病床に伏せる事が多かったから……。

 でも、きっと母親の作る食事とは昨晩や今朝のああいったものなのだろうな。私はあんなにも温かい食事をご馳走してくれたミミリアにただお礼がしたいだけだよ」


 そう言って微笑んだ彼女。場の空気が一変する。つられて俺の顔からも笑みが溢れていた。

 嗚呼……俺はこの人のこういうところが好きだ。

 想いを素直に告げる、こんな当たり前で難しい事が当たり前の様に出来てしまう彼女に惹かれていく。そして思わず何度も微笑んでしまう。同じ気持ちでいれた事がまた少し嬉しかったから。


「さあさあミミリアさん。話してもらいましょうか」


 そして、彼女に続けと得意気な満面の顔で俺は言う。

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