夢
2 はじめての○○
「カジカー! こっちこっち、なんか凄いのあるよー!」
それを聞くだけで、彼女のうきうきした様子が目に浮かぶ。
見たこともない花々が所狭しと咲いていて、見ていて飽きないどころか、眩暈がしてしまいそうだ。ガラスでできた宮殿の中は南国の香りに包まれていて、ここは本当に日本かと疑わしくなってしまう。
俺のすぐ傍で盛大に花弁を広げている花なんかは、どぎつい黄色で、子供を丸呑みにしても不思議ではないほどの大きさである。
ここはさながら植物の楽園であると言えるだろう。
しかし、俺にとっては「楽園」というより「迷宮」といった方がよいのかもしれない。
「カージーカーー」
先ほどから声はするものの、彼女の姿は依然として見えない。
宮殿のガラスはその声を反響させている。おかげで、ただでさえ迷っているというのに美織の場所が特定できない。
俺はここにいる。
どこにいるんだ、美織。
そう叫びたいのに、俺の口は何故か動かない。
足だけが、夢遊病患者のようにフラフラと歩を進めていくだけである。
「カジカ、早くおいでよー!」
進んでいくにつれ、辺りの植物はよりいっそう茂っていく。
多種多様な花や木が道の両側から俺を見下ろしているようだ。白、ピンク、黄色、明るい緑、赤、紫、暗い緑、濃い緑、茶色い土、葉の裏に見える闇。たくさんの植物が様々な色を生んでいる。色と色の間で鈍く光を反射するグレーの石畳だけが、俺の立っていられる場所だ。
声はだんだん近くなっている。明るい、太陽のような笑い声。
だが、声とは対称的に植物たちは陰りを深めていく。遥か上からヤシの木が光を遮り、蔓が石畳まで伸びてきている。俺は何度も蔓に足を取られ、へとへとになる。
それでも進む。進み続ける。もはやグレーの通路は土と草と蔓と見たこともない果実で完全に覆われてしまっている。俺は草を踏み、蔓を引き裂き、果実を潰して歩く。進むにつれて声の輝きは増していく。
しばらく歩いていくと、目の前に光が見えた。光の先は広場のようで、その中心に美織が立っていた。
美織はなんだか大人っぽい恰好をしていた。長いワンピースにハイヒール。髪は伸びていて軽くパーマがかかっているようだった。
彼女はまだ俺に気が付いていないのか、口に手を当てて叫んでいた。
「カジカー、早く来なさいよー。子供たちも待ってるよー」
子供?
誰のことだろう。そもそもここはどこなのだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。早く彼女に会いさえすれば済む話だ。
そう思って俺は、光り輝く広場へ入っていった。
そこで見た。見てしまった。
艶のあるツインテール。小学三、四年生くらいの背丈。
「あ、パパだ」
非ちゃんは確かにそう言った。
「……すげー嫌な夢」
俺はベッドの上でそう呟く。
あの幼女とは随分前に一回会ったきりだと言うのに、なぜ俺の頭はくっきりきっかり彼女の存在を記憶し続けるのか。
……決まっている。あんな強烈なインパクトを持つ子、忘れたくても忘れることなんてできやしない。電気ショックでも使用しない限り不可能だ。
窓の外はまだ真っ暗。人や車の気配もさっぱり感じない。
俺はスマホの画面を確認する。『九月十八日(火) 三:○四』
……寝るか。
今度はいい夢見れますように。