世界**宣言
*
冬の夜空は透き通っていて、オリオン座のベテルギウスやおおいぬ座のシリウス、そして大きな満月の光が地上に降り注いでいた。
そんな壮大な夜空の下に、俺と非ちゃんは立っていた。
こんなとこ誰かに見られたら絶対通報される! と危機感を感じて非ちゃんにコートを着せたおかげで、俺は寒さに奥歯を震わせている。
「色々説明が抜けてるよな。まず、なんで俺? 次に、どうやって? 最後に、そもそもお前は何が目的なのか?」
「我輩からも聞いてないことがあるんだよ」
「何をだ」
「世界を救うの? 救わないの?」
「それはあれだな、細かい内容を知られないうちに契約させようとする悪徳業者のやり口だな」
この契約にクーリングオフは効きそうもない。けれども、この幼女に口で勝てる予感もしない。仕方ない、先に非ちゃんからの問いに答えよう。
俺は非ちゃんの顔を見て、月を見て、そしてだだっ広いコンクリートの真ん中に鎮座している耳なしタイムトライアルバイクの方を見た。
この世界を救うだって?
俺と関係する人たちがいて、思い出の場所があって、だけど美織のいない世界を?
そんなの続こうが終わろうが同じじゃないか。続く価値も終わる価値もない空っぽな世界だ。
世界の中心には美織がいて、俺の中心にも美織がいた。だからあの事故以来、世界はおかしくなったし、俺もわけのわからない行動しかしなかった。こんな有様で、まだ世界が続いてる方が変なんじゃないか?
世界はとっくに終わってる。社会がディストピアであろうとなかろうと、俺一人からすれば立派な反理想郷。
個人の価値観で世界の命運を決めるのは理不尽だ、と言われたとしても知ったこっちゃない。そういう文句は神様に言ってくれ。隣にいるこいつに問い詰めてくれ。
どうせみんな、何のために世界があって、何のために宇宙に生きてるのかなんて分からないんだろ? じゃあ無くなってもいいよな。相対主義世界の存在意義なんて、ちっぽけな人間の欲望が決めるんだからさ。
わがままでエゴイスティック。世界はいつだってそういう人間に支配されてきたから、世界を終わらせるのもそういう感情なんだ、きっと。
さあ、そうと決まればポップコーン片手にソファに座ろう。このまま何もせず、ただ一人真実を知る人間として世界の終わりを眺めるんだ。美織のいない灰色の世界がメチャクチャになっていくのを、退屈そうに眺めて、そして死ぬ。
そんな自殺をするために俺は
「救うよ」
と答え――
――――――?
あれ?
「……え? ……マジで?」
非ちゃんは絶句していた。まず目を見開き、次に眉間に皺を寄せ、そして小さな手で顔を覆う。文字通りの百面相を繰り広げて、非ちゃんは大声でまくし立てた。
「ほんとにその返事でいいの? ホントに? てっきり我輩は即答でノーと言われる覚悟をしてたのに。というか事前のデータでは『真撫カジカはRPGの王様風の命令は絶対にきかない』ってちゃんと書いてあったのにぃ!」
いつものような人を小馬鹿にする態度ではなく、本物の驚愕が表わになっている。恐らく初めて見る、亡二下非の素の表情だろう。
「だってだって、いいこと何にもないよ! これから月に行って地球を回し続けるなんて、はっきり言ってそこいらのブラック企業の方が数兆倍は楽だよ! ほら、今からでも遅くないって、我輩も細かい内容ちゃんと喋るから! クーリングオフ効かないし、もっと慎重に決めようよオニーチャン!」
凍えるような寒空なのに、慌てる非ちゃんの額からは玉のような汗がぽつりぽつりと浮かんでは鼻筋に垂れる。大きめのコートをバタバタを揺らし、足元はフラフラとあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返している。
いくら『世界の所有者』だと言ったところで、意表を突かれるのも無理はない。だってそう答えた俺自身が、実は誰よりも驚いているのだから。
「よくよく考えたらさ――」
そして、俺のもう一つの意志というべきか、俺のような俺で無いような『俺』は語り始めた。
非ちゃん……というより、自分自身を聞き手として。
*
「よくよく考えたらさ、まだ伏線が残ってるんだよ。現実で伏線って言うと変な感じだけど、とにかく回収されてない謎が。そういうモヤモヤが残ったまま世界を終わらすと――これも変な言い方だけど――打ち切り漫画みたいじゃん。どうせ終わらせるとしても、いくら美織のいない世界だとしても、そんなモヤモヤを放置したまんま終わるのはちょっと早計なんじゃないかって思ったのさ。そいつが明らかになるまでは延長してやろうって。
「で、そのモヤモヤが何かって言うと、アレだよアレ。二学期が始まってすぐのころ、美織がうちに来ただろ? 結局何しに来たのか全然分かってないんだよ。姉貴に聞いてもちっとも教えてくれないしさ。この謎がもし、途中で放り投げたゲームの展開とか名探偵コナンの後編とかだったら、俺は容赦なく世界終わらすよ? でも美織のことだぜ、無視して死ねるか? 俺は無理だね。
「まずは明らかにしなければならない点をはっきりさせよう。美織がある日、今度の週末に姉貴の予定はあるかどうか訊いてきた。本来姉貴は俺に用事があったけれど、これは姉貴と離れるチャンスだと考えた俺は美織と姉貴の会合をセッティング。しかし、当日俺は二階に軟禁され、一階にいる二人の様子を知ることができなかった。そこで美織は姉貴に『何か』を教わっていたという。その『何か』とは? そしてそれが何故秘密にされなければいけないのかが今回の論点となる。
「下衆い考え? 支配欲が強い? 何とでも言え。
「まず明らかにしたいのは後者の部分だ。動機が重要なのは推理小説と一緒だからな。
「何故美織はこのことを俺に秘密にしていたのか……考えられる説は大きく二つ。『男性には話せないことだから』か『真撫カジカには話せないことだから』だ。『男性には話せないこと』っていうのは……その、保健体育的なやつとか、そういう類いなんじゃないか? 姉貴と美織がそういう話してる想像すると、興奮と嫌悪感が同時にやってくるようで気持ち悪いんだが……まあ、あくまで推測だ推測。『真撫カジカには話せないことだから』っていうのは、ちょっとデータが不足していると言う他ない。この件以外で美織が動揺したことなんてないし、前例がないから想像力も働かないんだ。とにかく、美織が秘密にする理由がこの二つのどちらかである可能性は高いだろう。
「次に前者、姉貴が美織に教えたこととは何か? これを探るには記憶を遡ってデータを得る必要がある。
・俺が「勉強か?」と尋ねると「う、うん」とあからさまに動揺した様子で答えた。
・俺がそのときに立てた仮説『弱点(動物の死骸は全部苦手・焼き魚の頭・水中で目も開けられないetc…)の克服のため』。
・来た時の美織の恰好(ブラウン基調の地味な服装。下はジーンズ。膨らんだハンドバッグ)
・帰る時の美織の恰好(しぼんだバッグ。季節外れの手袋)
・姉貴の指令。『二階での移動は許可。一階に降りたら殺す』」
「これらの情報から導き出される結論。それは――」
…………。
えーっと、なんだろ?




