第3章 因果は巡る、巡る……
スローモーション。
最愛の人が死ぬ瞬間を、俺は見た。
でも知らない。
何で死んだんだ……?
気がついたら病院で、医者が居て。
あれ?
なにも覚えていない。
ショックだったから、だよな。
*
目を覚ましたら誰もいない。
そんな夢を見た。
でも起きたらちゃんとそこに君が居るんだ。
そんな些細なことでも幸せになれた。
「まーりや。朝だよ」
起こす相手が居る。
愛しい人がいる。
十八は優しくまりやの髪をなでた。
するりと髪は十八の指をすり抜けた。
生糸よりも繊細で、綺麗なまりやの髪。それは十八の好きな物の一つだった。
他にも、どんな宝石より綺麗な瞳。
柔らかくて温かい肌。
優しい笑顔。
十八はその一つ一つを触れて確かめた。
朝日がカーテンの隙間をすり抜けてまりやに当たった。
まりやはまぶしそうに寝返りを打った。
自然と十八の顔はゆるむ。
時計を見るとまた遅刻すれすれの時間だった。
急いでまりやをゆすり起こし始める。
「まっりっやっ! 朝だよー、起きてご飯作ってっ」
んっ、と十八の手を振り払う。
「しょーがないな」
そっと額に口づけした後、十八はベッドから降りた。
カーテンをシャッと開ける。
まぶしい光がいっせいに入り込む。
まりやは数回瞬きを繰り返し起きた。
「おはよぉ」
ふにゃりと柔らかい笑顔で十八を見た。
「おはよ。早くご飯を作って」
「うん。ちょーと待ってて! すぐ作るから」
髪を手くしでとかしながらエプロンを着ける。
十八はせっせと服を着替え始める。
今日もぎりぎりかなぁ、と思いながらも顔がにやけてしまう。
「お父さん!」
目にたっぷりの涙をためて大声で叫んだ。
「十八……『エンジェィル』はただの機械じゃないんだよ。
自分で考えて、行動する。考えてごらん?
何故『エンジェィル』はヒトの側にいる?ヒトはね、待って居るんだよ」
彼は続けた。
「支えを……愛する人を。側にいてくれるヒトを。待って居るんだよ」
少年は興味がないようにそつぽを向いた。
聞きたくない。
そんなこと言い訳なのだ。
まだ話を続けようとする彼を遮るように叫んだ。
「うるさいっ!」
もう何も聞きたくない。
もうこれ以上彼を嫌いたくない。
耳をふさぐ。
そんなことなんの意味もないのに。
それでも彼は続けた。
「だから、―………」
そんなこといいわけにもならないじゃないか。
『エンジェィル』なんて嫌い。
機械なんて嫌いだ。
そんなもののために彼は全てを捨てる。
嫌いだ。
あんなのただの機械じゃないか!
自分で考えるなんてそんなのただプログラムしてあるだけなのに。
機械が本当に人を愛する事なんてできることないのに。
「綺麗なだけじゃないか」
ぽつりとつぶやく。
綺麗な顔立ち。
スタイルだっていい。
でもただそれだけ………。
綺麗なだけでなんになる?
彼はそんな綺麗な『人形』を作るために死んだのか?
それならとんだ大馬鹿野郎だ。
「どうしましたぼっちゃま?」
「ぼっちゃま言うな。気色悪い」
男はくすっと笑うと頷いた。
少年はうざったそうに男を見てからまた『エンジェィル』を見つめる。
「お綺麗ですね、あなた様はお父様がお嫌いですか」
男が笑顔のまま訪ねると。
少年は小さく首を振った。
『エンジェィル』を見つめながら口を開いた。
「違う。違うから、嫌なんだよ!」
『エンジェィル』が入れられているケースをドンッと殴る。
それでもびくともしない。
彼女は静かに眠ったままだった。
少年はなお殴り続ける。
綺麗な顔はゆがまずただ平然とケースの中にいた。
「………この方はあなた様のお父様の初恋の方にそっくりですよ。
初恋と言いましても旦那様は生涯でただ一人だけを愛し続けたんですけどね」
男は真っ赤になっている手をなでながら話した。
少年は黙って聞いていた。
「ぼっちゃま、なにがお寂しいのでしょうか?」
「ぼっちゃま言うな」
男は少し顔を驚かせてから笑った。
「そうでしたね」
なでる手を休まず話した。
少年は相変わらず目に涙をためても流しはしなかった。
「あなた様という方がいて、旦那様はさぞかし幸せでしたでしょうに……」
もちろんわたしも、と男は言った。
*
「とーや、私………幸せだったよ」
他人の幸せを押し付けないでくれ。
「旦那様はさぞかし幸せでしたでしょうに……」
死んだ人のことなんて知らないっ。
―あなたの幸せを願っています。
ああ、幸せだよ。
他には何もいらないから。
これ以上俺からなにも奪わないでくれっ!




