【続編】断罪されたら幼女になりました……って、ちょっと待って!断罪の場で幼女化したら、完璧令嬢の化けの皮が剥がれました!?~完璧令嬢を演じていたのに、幼馴染の氷の貴公子だけが全部知っています!~
呪いが解けてから二週間、わたしはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
もちろん、「格好いいお姉様」の仮面も完璧に――と言いたいところだが、実のところあの日以来、社交界での扱いが微妙に変わってしまっていた。
「ローゼリア様、こんにちは」
すれ違う令嬢たちが、なぜか以前より柔らかい表情で挨拶してくる。以前なら「氷の薔薇」に相応しい、多少の緊張を含んだ挨拶だったはずなのに。
「……何かしら、この空気」
「幼女になった君の噂、まだ広まってるんだろ」
隣を歩くダミアンが、いつもの無表情でぼそりと言った。
「ダミアン! それ、あなたが言いふらしたのではございませんの!?」
「言いふらしてはいない。ただ聞かれたら答えているだけだ」
「それを言いふらしていると言うのですわ!」
「事実だからな」
淡々とした返しに、思わず頭を抱えたくなった。あの日以来、わたしの「格好いいお姉様」のイメージは、「意外と可愛い天然」という新しい評判に塗り替えられつつある。
「それより」ダミアンが不意に足を止めた。「マチルダ嬢の処分、正式に決まったらしい」
「あら、どうなりましたの?」
「留学生令嬢への嫌がらせの罪で、社交界から三年間の追放。それと、家からも当面の間、勘当同然の扱いを受けるそうだ」
「まあ、随分と厳しい処分ですこと」
「自業自得だろう。呪いの品まで用意して、他人を貶めようとしたんだ」
その日の午後、マチルダ嬢本人と偶然すれ違った。以前の勝ち誇った様子は見る影もなく、すっかりやつれた顔で俯いている。
「ローゼリア様……」
「あら、マチルダ様。お元気そうで何よりですわ」
「よくもそんな……! わたくしを、こんな目に遭わせて……!」
「あら、わたくしを幼女にして恥をかかせようとしたのは、どなたでしたかしら」
「うっ……」
マチルダ嬢は言葉に詰まり、逃げるようにその場を去っていった。
「ざまあみろ、とは言わないのがローゼリアらしいな」ダミアンがぼそりと呟く。
「あら、言いたい気持ちはございますのよ。淑女として自重しているだけですわ」
「素は転んでばかりのくせに」
「それは今、蒸し返さなくてよろしくてよ!」
そんな日々を過ごしていたある日、新たな騒動が持ち上がった。
「ローゼリア・ヴァレンタイン公爵令嬢! お前に問いたいことがある!」
夜会の会場で、見知らぬ令嬢――エヴリン・ソーンウッド伯爵令嬢が、突然声を張り上げた。
「あら、初めましてかしら。何のご用件ですの?」
「とぼけるな! お前が幼女になった際、わたくしの婚約者に色目を使ったという噂を聞いたぞ!」
「……はい?」
予想外すぎる罪状に、思わず聞き返してしまった。
「幼女の姿で、殿方を誑かすなど言語道断! この恥知らずが!」
「あの、エヴリン様。まず確認したいのですけれど、わたくしが幼女だったのは、呪いをかけられていたわずか数日間ですのよ」
「関係ない! 誑かしは誑かしだ!」
会場がざわめく。あまりにも突飛な言いがかりに、周囲も戸惑いを隠せない様子だった。
「そもそも、わたくしがその期間、どなたの婚約者と接触した記録がございますの?」
「そ、それは……噂で聞いた!」
「噂の出所はどなたですの?」
「……マチルダ様よ」
会場が一斉に「ああ、なるほど」という顔をした。
「エヴリン様」わたしは扇を広げ、努めて優雅に微笑んだ。「マチルダ様は先日、嫌がらせの罪で社交界から追放処分を受けた方ですわよ。その方の噂を、そのまま信じておしまいになりましたの?」
「な……!」
「ちなみに、その期間わたくしがずっと屋敷で療養していたことは、ダミアン卿が証人になれますわ」
「事実だ」ダミアンが淡々と付け加える。「ローゼリアは幼女の姿のまま、屋敷でずっと転んでいた。誰かを誑かす暇などなかった」
「ダミアン! その情報は不要ですわ!」
会場から、こらえきれない笑いが漏れた。エヴリン嬢は顔を真っ赤にして、何も言い返せずにいた。
「エヴリン様。次からは、噂の出所をよくお調べになった方がよろしいですわ。信頼できない方の言葉を鵜呑みにすると、今回のように恥をかくことになりますもの」
「くっ……! 覚えていらっしゃい!」
捨て台詞を残して去っていくエヴリン嬢を見送りながら、わたしは小さくため息をついた。
それから数日後。
わたしのもとへ、少し変わった報告が届いた。
「ローゼリア様、マチルダ様の件ですが……どうやら、ご実家の方でも少々揉めているようです」
「まあ。まだ何かございましたの?」
侍女から聞かされた話によれば、マチルダ嬢は社交界から追放されたことで、これまで彼女の周囲に集まっていた令嬢たちからも、次々と距離を置かれているらしい。
しかも、それだけではなかった。
「実は、マチルダ様が以前から吹聴していた『ローゼリア様は傲慢で、周囲の令嬢を見下している』という噂について、皆様が改めて調べ始めたそうです」
「……あら」
思わず目を瞬いた。
「それで、どうなりましたの?」
「ほとんどが事実無根だったと判明したようです。むしろ、マチルダ様がご自身の失敗をローゼリア様のせいにしていた事例まで、いくつも出てきたとか」
「まあ……」
呆れるというより、なんとも言えない気持ちになった。
わたしが何か反論するまでもなく、彼女自身が積み重ねてきた嘘が、ひとつずつ崩れ始めている。
そして、その日の夕方。
王都の仕立て屋からも、思いがけない話を聞くことになった。
「マチルダ様から大量にご注文いただいていた品ですが、すべてキャンセルになりまして」
「キャンセル?」
「はい。ご実家から『今後、マチルダ様個人への請求は受け付けない』との連絡がありましたので」
「……徹底しておりますのね」
「当然です。社交界から三年間追放となれば、これまでのような生活を続けるわけにはいきませんから」
なるほど。
表向きの処分は「三年間の社交界追放」。
けれど実際には、それだけでは済まない。
夜会に呼ばれない。
友人たちは離れていく。
店も今まで通りには相手をしてくれない。
そして何より、自分がこれまで利用していた「家柄」という後ろ盾まで失いかけている。
誰かに手を下されたわけではない。
ただ、自分が選んだ行動の結果が、静かに返ってきているだけだ。
その翌週、街で偶然マチルダ嬢の姿を見かけた。
以前なら取り巻きを何人も従えていた彼女は、今では一人きりだった。
こちらに気づいた瞬間、マチルダ嬢の足が止まる。
「……ローゼリア様」
「あら、マチルダ様」
「あなたは……わたくしがこんなことになって、満足なのでしょうね」
「どうして、わたくしが満足する必要がございますの?」
「だって、あなたは何もかも奪われて……」
そこでマチルダ嬢は口を閉ざした。
自分の言葉で、自分が何を言っているのかに気づいたのだろう。
わたしは静かに扇を閉じた。
「マチルダ様。わたくしは、あなたから何も奪っておりませんわ」
「……」
「あなたが失ったものは、わたくしが奪ったものではなく、あなた自身の行動によって失ったものですもの」
「そんな……」
「もし、あの日わたくしに呪いをかけることなどせず、誰かを陥れるような噂も流さず、素直にご自身の人生を歩んでいらしたなら――今も、あなたは同じ場所にいたのではありませんか?」
マチルダ嬢の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……わたくしは……」
何か言い返そうとしたのだろう。
けれど、結局は何も言葉にならなかった。
わたしはそれ以上責めることなく、彼女の横を通り過ぎる。
背後から、小さな声が聞こえた。
「……どうして、そんなに平然としていられるのよ」
わたしは振り返らなかった。
ただ、少しだけ足を止めて答えた。
「平然としているのではありませんわ。もう、あなたのしたことに心を乱される必要がなくなっただけですもの」
そう告げて、今度こそ歩き出した。
背後から呼び止める声は、もう聞こえなかった。
――そしてこの日を境に、マチルダ嬢の名を社交界で口にする者は、ほとんどいなくなった。
悪評さえも、話題にされなくなったのだ。
それこそが、彼女にとって何より堪える結末だったのかもしれない。
ーーー
「まったく......次から次へと」
「お前は敵を作りやすい体質なんだろうな」
「褒めておりませんわよね、それ」
「褒めてはいない。事実だ」
「その言い回し、いい加減やめてくださいまし」
ダミアンは珍しく、小さく口の端を上げた。
「ローゼリア」
「なんですの」
「お前が幼女になった時、正直、少し心配だった」
思いがけない言葉に、思わず言葉を失った。
「……ダミアンが、心配、ですの?」
「呪いの効果が、本当に一時的なものか分からなかった。もし戻らなかったら、と考えると」
「まあ……そんなこと、おくびにも出しませんでしたのに」
「顔に出す意味がない。ただ、戻ってきて、正直安心した」
普段は感情の起伏をまるで見せない彼の、その珍しい素直な言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ダミアン、あなた、たまにそうやって不意打ちで優しいことを仰るの、ずるいと思いますわ」
「不意打ちのつもりはない」
「それが余計にずるいのですわ」
くすりと笑うと、ダミアンも珍しく釣られたように、わずかに口元を緩めた。
――こうして、幼女化騒動の余波は、思いがけない形で新しい絆を育みながら収束していったのだった。
だが、マチルダ嬢を裏で操っていた本当の黒幕については、まだ誰も気づいていなかった。
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