第七話
駅前は平日だというのに多くの人間が雑多に歩いていた。
「うわぁ~! みんな暇なのかな?」
「ちょっと、友、あんまり声上げないで……」
「ごめんごめん。でも、どうして?」
「も、もし、目をつけられたらどうするの?」
「目をつけられたら、って……」
友は、こんな風に遊びに出かけているときでも油断できない沙英を、気の毒に思った。そんなことはないんだよ、なんにも考えずに遊んでもいいんだよ、と沙英に言ってあげたかった。
「……そうだね、沙英」
けれど無下に否定するわけにもいかず、友は同意した。
「え、えっと、ゲームセンター、どこにあるの?」
気まずくなった雰囲気を振り払おうと、沙英は話題を切り替えた。
「え、えっと、こっち!」
友は行きつけのゲームセンターへと沙英を案内しようとしたのだが、沙英は一点を見つめたまま微動だにしない。
「……友、待って」
「え? って、沙英、どこに行くの!?」
沙英は友を置いて、どこかへフラフラと行こうとした。人混みに紛れて、危うく見失いそうになる。
「沙英、どうしたの!?」
「あの人がいた」
「え?」
「あの人が、私の恩人がいた!」
今の沙英とは思えないほど力強い足取りで彼女は進む。
「いたっ!」
「……あれが?」
友は、駅前で愛おしそうに街並みを見つめ佇む彼を見て驚いた。友は恩人が誘拐犯の家に乗りこんで沙英を助けたというのだから、よほど勇気のある人なんだろうと思っていた。けれど、友の想像は大きく裏切られた。華奢な体躯にひ弱そうな顔立ち。服そうは目立たないよう気を付けた風にも見える。とてもじゃないが勇気があるようには見えない。
「あ、あのっ!」
「……君はっ!?」
彼は沙英に話しかけられると、目を見開いて大きく驚いた。
「あ、あのときは、ど、どうもありが」
「どうして君は外にいるんだっ!」
「……え?」
お礼を言おうとした沙英の言葉に被せて、彼は怒鳴った。
「まだ事件が終わって四日間しか経ってないんだよ!? それなのに外に出るなんて、なに考えてるさ! 君は怖くないのか!? それとも誰かに外に出るよう言われたのか!?」
「え、いや、その」
「君は無用心すぎる! 最低でもあと一週間は家でおとなしくしてるんだ!」
「で、でも、あの」
「あのもでもない! さあ、早く帰るんだ!」
彼は沙英が来た方向を指差した。
「……ねえ、あんた、言い過ぎだろ?」
「誰だ、君は」
「あんたこそ誰。名乗りなよ」
高圧的に友は言った。
「……僕はか……。シャム」
「偽名を名乗るならもっと違和感ないのにしなよ」
「本名だよ。僕は赦武」
「……シャム、さん」
沙英はなんとも言えない表情でシャムを見上げる。帰れと言われて悲しさ半分、名前を知れて嬉しさ半分、というところか。
「オレは大臣 友」
「ひ、日割 沙英、です!」
得体の知れないシャムから沙英を守ろうと、友の口調は知らずと男らしくなっていく。
「……大臣、君がここに彼女を連れて来たのか?」
「悪い? 気晴らしになったら、って思っただけだ」
「君、この子が外に出れる状態じゃないってわからなかったの?」
「わかってないわけないじゃん!」
「じゃあなんで!」
「連れてきてあげたかっただけ! 沈んでたから、気晴らしになってくれれば、って思っただけ……だ!」
「それがこの子を傷つけてるってなんでわからないんだ!?」
「ッ! なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないの!?」
友は演技も忘れて怒鳴った。
「……友、ありがと。シャムさん、私が気晴らししたいって言ったんです」
友をかばうように沙英が前に出て、シャムに優しく言った。
「……どうして警戒しないの?」
「事件は、終わりました。終わったんです」
「……それは」
「だから、大丈夫です。終わったんですから、大丈夫なんですよ」
「……」
悲痛な表情で呟く沙英に、シャムは二の句をつげなくなった。
「ほら、わかったらとっとと帰ってよ、じゃなかった、帰れ」
「僕にはもう帰る場所なんてない」
シャムの言葉に二人はドキッとした。
「……でも、しばらくはここにいなければならないみたい。……それじゃ、沙英さん、さようなら」
驚いた二人に気付かず、シャムは一人で呟くように言った。踵を返し、シャムは人混みに紛れてどこかへ行こうとする。
「あ、待って……!」
沙英が勇気を振り絞って声を上げるが、彼は止まらなかった。
「……なにあいつ! 本当に沙英を助けた恩人!?」
「うん、そうだよ。覚えてる」
沙英の思い描く彼と寸分違わない容姿だったが、その性格は想像していたよりもはるかに違った。沙英はこっちが勝手に想像していただけだから仕方ないと思っていたが、友は違った。
「それにしても、想像してたのとぜんっぜん違うわね。もっと優しい奴かと思ってた」
「……優しい人だよ、きっと」
優しくなければ、単身乗りこんで自分を助けたりはしないはずだ。
沙英はそんな推測をする。
「ほんとにそう? 相手のこと考えずまくし立てる奴にしか見えなかったけど」
「……優しいから、私の事を思ってくれてるんだよ」
「やれやれ。物好きね、あんた」
「友だって、私なんかにかまうなんて、物好きだよ」
「……沙英と話せるんなら、物好きも悪くはないかな」
ケラケラと友は快活に笑う。その言葉がどれほど沙英の救いになっているのかも気付かずに。
「さ、ゲーセン行こ、ゲーセン!」
「う、うん!」
笑顔で沙英を連れ出す友につられ、いつしか沙英も頬にうっすら笑みを浮かべていた。
ゲームセンターに着いた沙英と友だったが、ゲームにとりかかることはできなかった。
「……刑部さん、桜田さん」
ゲームセンターの前に、私服姿の警察官二人がいたからである。
「おやおや、これはこれはお嬢さん方。こんな時間にこんなところで何をやっているのかな?」
コートを羽織った刑部は、芝居がかった挙動で二人に詰め寄った。
「あ、あんたら、なんでここ……!」
「あんたら? 口の利き方に気を付けな。私達はこういうもんだよ」
ずい、と友に歩みよった桜田が、警察手帳を見せた。
「あ、あの、なんのご用でしょう?」
「なんのご用? わからないはずないよね、お嬢さん? こんな時間に、こんなところで……。ま、とりあえずついてきて。ご両親とお話させてもらわないと……ね?」
警官は補導する、と言っているのだ。親に連絡されるとわかって友は青ざめたが、沙英は疑問に思った。この二人は沙英に両親がいないことを知っている。それなのにどうして沙英を見ながらそんなことを言うのか。よく考えれば、なぜわざわざ警察手帳を見せたのか。
「さ、おいで、お嬢さん」
「ちょ、ふざけないで……!」
「いいから、ね?」
そういえば今日一度も名前呼んで貰ってないな。近くの交番に連れられながら、沙英はそう思った。




