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閑話

 厳戒態勢をしく街の中、大臣と書かれた表札がかけられた一般家屋のリビングでは、一人の少女が塞ぎ込んでいた。

 「……どうしよう、お父さん、お母さん」

 行方不明から誘拐へと扱いが変えられた少女、日割  沙英の友人、大臣  友だった。

 「大丈夫だ。お前はここにいるし、俺もここにいる。お前はさらわれたりなんかしない」

 「違うッ!  そうじゃない!」

 優しげに元気付けようとした父親を、友は怒鳴りつける。

 「私のことよりも、沙英が……!  沙英が、攫われたって……」

  友は沙英のことを心の底から親友だと思っていた。

  「沙英ちゃんが攫われたって、本当に?」

  友の母が心配そうに訊いた。彼女と沙英は、何度も話している。友の母も、とても親しみを持っていた。

  「そうだよ、お母さん。ねえ、どうして犯人は沙英を攫ったの?  沙英、助かるかな?」

  沙英に死んで欲しくなかった。沙英の声が、笑顔がまた見たい。そんな気持ちが友の中で生まれた。

  「……きっと、助かるわよ」

  友の母は、嘘をついている、と自覚していた。

  「助かるわけがない」

  「あなた?」

  「お父さん?」

  友の父は、子供に嘘を教えるのが嫌いだった。たとえ辛い現実だろうと、嘘はつかずに育てようと、彼は決めていた。

  「攫われて、そのまま生きて帰ってくるなんてこと、めったにありはしない」

  「どーして!?」

  「……自分で考えろ」

  彼は答えに窮して、反射的にそう答えてしまった。

  「……もしかして、沙英、もう殺されてるかもしれない」

  友の脳裏に、殺されてどこかの森にうち捨てられている親友の姿が浮かぶ。

  「……ほ、本当に、殺されるだけ、なのかな」

  友は一瞬だけ、身の毛もよだつような恐ろしい想像をした。

  なんで攫ったんだろう。

  そんな疑問が、パンドラの箱だった。

  「どういうこと?」

  「も、もしかしたら」

  言いかけて、やめる。もしかしたら、何?  それを言って、何があるの?

  沙英が攫われてからもう二日。犯人が『そういう』目的で攫ったのだとしたら、もしかしたら、もう、愉しみきっているかもしれない。

  「もしかしたら、なに?」

  母が、友に訊く。

  「も、もしかしたら、生きて帰ってくるかも、しれないじゃない」

  「確かにな。限りなく確率は低いが」

  「もし、帰ってきたら、沙英、辛い事になると思う」

  「……そうね」

  「もし、もし、沙英が家にいるのも辛い、って私に言ってきたら、その時は、家に連れてきてもいい?」

  「なぜ、見ず知らずの他人を家に入れなければならん」

  父親は冷たく言った。けれど、彼の本心では、是非とも連れてこい、と言ってやりたかった。けれど、それではだめだと、同時に彼は思う。そんな、いい事づくめで世界はできていない。きっと、様々な困難が待ち受けている。父親の自分の反対を説得できるぐらいではないと、困難を受ける覚悟があるとは言えない。

  「……見ず知らずじゃ、ないよ。私の、友達」

  「友達か。それだけか?」

  「大切な親友!  絶対、助けてあげたいの!」

  「……もし、ここで匿うことを許されたとして、どうするつもりだ」

  「え、ど、どうするって」

  「もし、心に傷を負っていたら?  身体に傷を負っていたら?  トラウマだってあるかもしれない。会話にも、行動にも気をつけなければならない。一つでも間違えば、待っているのは激しい拒否だ。ここが安心できる場所だと『大切な親友』に思わせたいなら、一度も間違ってはいけない。お前にそれができるのか?  まともな知識もないくせに」

  友は言葉に詰まった。何も、何一つ言い返せない。

  「あなた、何もそこまで言わなくても……」

  「ごっこ遊びとは違うのだ。お前の友達は、必ず変わっているはずだった。その変化に、お前は耐えれるのか?  もしかしたらとてつもなく嫌味な人間になっているかもしれないぞ」

  「そんなことない!」

  「自分が攫われた原因を世界のせいにしたら、世界を呪う人間になるだろう。お前に原因を求めるかもしれない。その時、たとえお前が何もしていなくても、お前は憎まれるのだ。それでも、献身的に沙英を保護すると?」

  友の子供っぽい楽観を、彼女の父は片端から砕いていく。

  「そ、そんな、そんなこと、沙英が、私を憎むなんて」

  「ありえない、と思うならこの話はなしだ。おそらく事件が終わり、助かったのなら、お前の友達の居場所は両親の所以外にはないだろう。学校も、友達もアテにあらないはずだ」

  「な、なんで学校が」

  「事件後、説明を求められるのは学校だ。それを向こうが疎ましく思ったのなら、お前の友達は辞めさせられるだろう」

  「そんなっ!」

  「その上、両親までもが沙英を否定してみろ。世界全てを呪う悲観主義者になっても不思議ではない」

  「そ、そんな」

  沙英が、あんなに楽しそうに人生を謳歌していた沙英が、そんなことになるはずが……。

  そこまで思って、友はそれらを全部打ち消した。

  「……どうすれば、いいの」

  「何がだ?」

  「どうすれば、沙英を家に連れてきてもいいの?」

  「話を聞いていたか?」

  「聞いてた!  私を憎んでも、世界を呪っても、沙英は沙英だ。今までの沙英じゃなくても、沙英だ!  私は親友を助けたいのっ!」

  「……そうか」

  彼は、優しげに微笑んだ。

  「それだけの覚悟があれば、なんとかなるだろう。連れてきてもいいぞ。……もっとも、生きて帰ってくれば、の話だがな」

  友と母親は、一挙に笑顔になった。

  「ありがとう!  お父さん!」

  「ありがとう、あなた!」

  「……だから、生きて帰ってくればの話だと言っている……って、聞いてない」

   この次の日、沙英が自力で誘拐犯から逃げ出したというニュースが流れ、大臣家は手放しで大喜びした。……このニュースを聞いて、何も言わずに生還を喜んだのは、この家族だけであった。


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