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第四話

  「失礼、します……」

  沙英は怒気を孕んだ教師達に怯えながら応接室に入った。

  「失礼しますっ!」

  そんな沙英とは対照的に、友は教師達以上に憤りながら入る。

  「座れ」

  命令口調の担任に友は素直に従い、彼の向かい側にあるフカフカのソファーに腰掛ける。

  友は従わず、応接室の入り口前に直立不動。

  「どうした。座れ」

  「私はここで聞く」

  「……ふん」

  短く息を吐いて、担任は沙英に向き直った。

  「話がある」

  「はい、なんでしょう?」

  「辞めてくれ」

  「……え?」

  沙英は、何を言われたのかまるで理解できなかった。

  「ねえ、なによそれっ!?  そんな話聞いてない!」

  「今言ったんだ」

  なんでもないことのように言っているが、彼の周りの教師達の顔には、疲弊の色が滲み出ていた。

  「……な、なにを、ですか?」

  「学校を、辞めろ」

  「……そ、そんな、どうして」

  沙英は目を見開いたまま首を振る。

  「どうして、だと?  お前のせいで、我が校の信用はガタ落ちだ。連日連夜抗議の電話、説明!  お前が辞めれば全てカタがつくんだ。そういう連中に、『そんな生徒はこの学校におりません』とな!」

  「で、でも」

  「それにな」

  必死で抗弁しようとした沙英に被せて、担任は言った。

  「お前が助かったのは、犯人と通じてたからだろ?」

  「え」

 一層、沙英の驚きは大きくなる。

  「お前が、その身体で、犯人をたぶらか」

  「いいかげんにしてっ!」

  友は応接室の扉を思い切り叩いた。木が爆ぜる時のような激しい音がして、教師達はもちろん、放心状態になった沙英も友を見た。

  「あんたら、何よ!  少しは必死で逃げてきた沙英を気遣おうとか、そういう思考にはいたらないわけッ!?」

  「同情しろと?  無理だな」

  「なんでよ!」

  「お前は、道に立つ女に同情できるのか?」

 まるで汚物でも見るような目で、彼は沙英を見る。

  「……あんた、今自分が何言ったかわかってる?  自分の受け持ちの生徒を、売女扱いしたんだよ?」

  「わかってるとも」

  「なんでそんな酷いことを言えるの!?」

  「酷い?  酷いのは日割だ。警察に助けられるのならまだしも、自力で逃げてきたんだからな。誘拐されたと言うのも本当かどうか」

  「そんなの全部想像じゃない!」

  「お前がそう言えるのは、日割から話を聞いているからだろう?  ……日割の話が嘘だとは、まるで思わなかったのか?」

  「少なくともあんたたちよりはずっと信頼できる!」

  「そう思わされているだけかもな」

  「なんだとこのっ……」

  「もう、やめて」

  殴りかかろうとした友を、沙英は止めた。

  「どうして止めるの、沙英!  あなた今まで話聞いてたでしょ!?  こいつら、あなたのことをば」

  「言わないで」

  沙英は悲しく微笑んだ。

  「っ」

  「友。お願いだから、そんな言葉、言わないで。私は、大丈夫だから。何も、心配いらないから」

  そんなふうに強く振る舞う沙英に、友は激しい後悔に襲われた。

  私は、なにを。沙英のために、沙英を幸せにするためにこうしてここにいるのに。なのに、こうして無理させて、何をしているんだろう。

  「……ごめん、沙英」

  「ううん、いいの」

  沙英はうなだれる友に微笑むと、担任の方を向き、その微笑みのまま、言葉を紡ぐ。

  「少しだけ、考えさせていただけませんか?  私のお金でここに通っているわけではないので、『両親』とも相談してみないことには、なんとも」

  「……? ああ。構わんが、明日までだぞ」

  あまりにも自然な沙英の物言いに、担任はつい、頷いてしまう。沙英に両親がいないことは、彼とて知っていたことなのに、頷かざるをえなかった。沙英は笑顔で、明朗に次々と饒舌に言葉を、理由を話す。声は明るく、手ぶりもきびきびとしていた。だが、表情はない。瞳はどこも、映していない。

  「やはり学校をやめる、という一大事、友達にも相談しなければなりません。それに将来の不安もあります。もしかしたら、なぜ辞めるのかと両親に怒鳴られるかもしれません。……それでも、明日まででしょうか?」

  「……ああ」

  隣でその様子を見ていた友は、違和感を感じていた。沙英のこの機転は目を見張るものがある。それにしてもこんな嘘、担任である彼が見抜けないはずがないのに。どうして、誰も気付かないんだろう。

  「そうですか。では、失礼します」

  事件後の沙英とは思えないほどはきはきと、彼女は言った。友のところまできて、その手を引いて応接室を挨拶もなしに出る。教師たちは、あまりに早い沙英の対応に、止めることすらできなかった。

  「……沙英、凄かったね、さっきの」

  教室まで帰る途中、友は自身の手を引いて前を行く沙英にそう声をかけた。

  「……さっきの、って?」

  沙英の足が止まると、おのずと友の足も止まる。沙英が振り返り友を見た。

  「あ、あの、嘘、だよ。よくあんなふうに……」

  「……え? うそ?  …………あ、そうだった。おとーさんたち、死んじゃってたんだ」

  何も映さず、どこか遠い虚空を見つめる沙英に、友は自身の失敗を悟った。

  「だ、大丈夫、沙英?」

  「大丈夫?  うん、大丈夫。大丈夫よ。そう、大丈夫……」

  「……ね、ねえ!」

  友は、自分に言い聞かすように何度も呟く沙英に大声で声をかける。

  「なに?」

 何か言わなきゃ、何か言わなきゃ。ある種の強迫観念に突き動かされ、友は思いついた言葉を口にする。

  「あ、あの、沙英の家、行ってもいいかな!?」

  「……どうして?」

  少しだけ、沙英の瞳が焦点を取り戻す。

  「ど、どうしてって……。そ、そう、今日ちょっと遊びたくなったから!」

  「私の家、なんにも、だぁれもいないよ」

  「別にいい!  沙英がいたら、それで十分!」

  「本当に?」

  沙英はようやく、さっきまでと同じ目の色を取り戻した。彼女は、沙英がいたら、という言葉でやっと今の自分を取り戻したのだった。

  「本当本当!  だから、楽しみにしてて!」

  「……うん」

  友の横に並んで、沙英はまた歩き出す。沙英の顔色は絶望に満ちていて、とても友と遊べるような状態ではなかった。にも関わらず、彼女は楽しみにしている、と優しく言った。

  そんな沙英を見て、友は今とさっき、どちらの方が沙英にとっていいのだろうと考えていた。

  どこも現実を見ていないが、何も感じずにいる沙英。

  現実をしっかりみつめているが、ボロボロになっていく沙英。

  果たしてどちらがいいのか、友には判断できなかった。

  「あと二時間だから、沙英……」

  あと少しだけ、耐えて。友は最後まで言うことができなかった。そんなこと、言えるはずがない。

  「……うん。大丈夫だよ、友。私は、耐えられる。……みんながいるから」

  優しげに友を気遣う沙英が、友にはとても痛々しく見えた。


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