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第十五話

  友の絶叫が密室で響き渡る少し前。

  「……」

  少年が、警察署の前で佇んでいる。テレビ局のディレクターが取り調べを受けたこの署では、今現在少しでも嘉蓋の情報を得ようとしているためか、警官がひっきりなしに出入りしている。その様子を眺めながら、彼は胸に手を当てて、何かしらの覚悟を決めているようだった。

  「なにをしているのですか、嘉蓋  紗武君」

  ぽん、と彼の肩に手をかける人物がいた。紗武が振り返ると、そこにいたのは人のよさそうな笑みを浮かべたコートを着た警察官、刑部  敬二とその部下桜田 桂香だった。

  「……少し、決心をしていただけです」

  紗武は静かに答える。

  「何の?」

  「……僕が物心つくころには、もう始まっていたことで、絶対に許されてはならないことを……あなたたちに、言う決意を」

  刑部も桜田も、内心は大はしゃぎである。十年来の連続殺人鬼、その情報が手に入る。これほど嬉しいことはないだろう。しかし、彼らはそれをかけらも表に出さなかった。手放しで喜んで、紗武に不快な思いをさせるわけにはいかないのだから。

  「そうですか。つもる話もあるでしょうが……まずは、あなたの家に案内させていただけますか?」

  紗武はうなずいて歩き出した。

  「徒歩でいける場所なのですか?」

  「……電車です」

  「……」

  車で案内してもらいたい気持ちを抑え、二人は紗武についていく。電車での道のりを知っていたとしても、車での道のりを知っているとは限らない。ここは早さよりも確実性を優先するべき、と二人は判断した。

  「ところで、何かお話があるようですが」

  「……はい。僕の父親の話です」

  紗武は歩きながら、悲しそうな表情を作った。

  「僕の父親は、人を殺すのが趣味の人間です。今も、それは変わりません」

  「……どうして、そんな趣味が?」

  「わかりません。僕にとって、父が人を殺すのは、食事をすると同じように、当たり前のことだとずっと思っていたし、今でも、趣味なんだからで済ませてしまっています」

  「どうしてですか?」

  「……考えると、頭が痛くなって、死にたくなるんですよ」

  押し殺すような声で、紗武は言った。

  「そうなんですか」

  「ええ。……僕は、警察に捕まるべき人間です」

  「どうして?」

  急に話題を変えた紗武に、桜田が聞いた。

  「僕は、中学三年生になるまで、父のしていることが間違っていることだと気付きませんでした」

  無理もない話であろう。彼は正しい倫理を少学校から学んでくる度に、栄にそれを『訂正』されていたのだから。彼が反抗期に入ったのは高校生になってから。それまでは父のことを従順に守る、『素直でいい子供』であった。

  「そ、そのくらい、罪にはならないわ」

  「違います。僕は、手伝いをしていた」

  桜田、刑部、二人の表情が険しいものに変わる。

  「直接こそしなかったけれど、道具を運んだり、遊んだあとの後片付けをしたり、逃げるのを手伝ったり」

  長い間栄のことを捜査していた刑部は、紗武の話を聞いてようやく腑に落ちたことがあった。

  栄の犯行は原始的かつ短絡的。どう考えても真っ先に捕まるタイプである。それなのに遺体の発見場所が数千キロ離れていたり、遺体遺棄と移動の速度が速すぎるなどの謎が、全て解けた。紗武が遺体を遺棄している間、栄が逃げていれば、かなりの時間を稼げる。

  「どうやってお父さんと合流していたの?」

  「……昔は、携帯とお金もたされて、車で山奥連れていかれて、埋めてから連絡した場所に電車で来るように、って言われてた。必死になって探してたから、小学三年にはどんな場所でもお金さえ渡されたら行けるようになってました。

  中学生になってからは、あらかじめ隠し場所と次の隠れ家の場所言われて、そこまで電車でむかって埋めてました」

  「……その、電車でどうやって被害者を運んだの?」

  恐る恐る桜田が聞くと、紗武はこともなげに答えた。

  「父が遊んだあとの人って、原型留めてることの方が少ないんですよ。だから、大きな鞄に詰め込むのは簡単でした」

  恐ろしいことをなんでもないように語る彼に、悪意は感じられない。本気で、それが当たり前であるかのように思っているらしい。

  「……少し、話は変わりますが、聞いてもよろしいですか?」

  この雰囲気を切り替えるように、刑部が聞いた。

  「なんですか?」

  「あなたはどうして、私たちにこんな話をしようと思ったんですか?」

  「……それは」

  紗武は一瞬だけいい淀んで、すぐに口を開いた。

  「あのとき、気付いたんです」

  「……あのとき?」

  「父があの子を捕まえてきたとき、始めて思ったんです。僕は、今までなんてことをしてきたんだ、って」

  栄が紗武と同年代の人間を捕まえてきたのは、沙英が初めてだったのだ。それまではずっと、紗武より年上ばかりだった。

  自分ど同年代、それも女の子。父親は、こんな子を苦しめて殺そうとしている。

  今まで感じ続けてきた違和感が疑念に変わり、すぐにおかしいと感じる確信に変わった。

  そして同時に、彼は凄まじい罪の意識に囚われる。幼い頃からしてきた数々の業の全てを、彼はようやく自覚したのだった。

  「なんとかしなきゃ、って思ったんです。してはいけないことだったんだ、って気付きました。……だから」

  だから、沙英の身代わりに殺されることも覚悟して、紗武は沙英を助けた。警察が沙英に気を取られている一瞬をつき、栄は逃げる事ができた。

  結果的にとはいえ栄を逃がしたことで、紗武はなんのお咎めもなかった。けれど、その代わり栄が沙英に執心するようになり、そして、その結果。

  「お願いします、刑事さん。父を止めてください。これ以上、罪を重ねないようにしてください。……あの子を、父の手にかからないうちに」

  「……わかりました」

  刑部は神妙に頷いた。

  彼らが改札口に着くのとほぼ同時。

  彼らの目的地で、友の絶叫が響き渡った。このとき、紗武は沙英と友が父に囚われていることを知らない。

  

 

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