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第十四話

やっと、やっと、やっと見つけた。

  沙英の家とは全く違う見知らぬ家に沙英が入っていくのを見た彼……嘉蓋栄は、玄関先で恍惚の表情で立っていた。

  彼は沙英を逃がしてからずっと、家の前に張り込んで、チャンスを待っていたのだ。マスコミがいなくなるのを待って、完全に一人きりになるのを待った。そして、沙英を逃がして三日後。ようやくマスコミの張り込みがなくなって、侵入しようかと思った矢先に、見知らぬ少女、大臣友がやってきたのだった。彼女が帰ってから侵入しようとしたところで、夜が来てしまった。彼は捕らえていた沙英そっくりの少女を料理するため、一旦自宅――一時的なものでしかないが――に、戻った。

  「……やっと、やっと、やっとやっとやっと遊べる……!」

  それから、一人になるのを待った。けれど、いつまで経ってもその時はやってこない。だから、彼は待ちきれなくなった。

  彼はインターホンを押すと、扉を開けた時に影になる場所に立つ。すぐに宅配便か何かと勘違いした友が出てきた。手に持っていたハンマーを振り上げ、友の後頭部、それも首に近い部位を目掛けて振り下ろす。

  「かっ」

  短く息を吐いて友は倒れた。

  嘉蓋は友の体を持ち上げ、急いで目の前の道路に停めてある車に積み込んだ。

  さっき隠れていた場所に戻ると、じっと動かなくなる。あとは沙英が出てくるまで待つだけ。

  そう思ってしばらくすると、目的の少女が飛び出してきた。

  「友!」

  やっと、やっとやっと、やっと遊べるっ!

  気が付くと、嘉蓋は沙英を気絶させ、彼女を車のトランクに詰め込んでいた。友と一緒だったが、二人とも小柄なのだ、余裕をもってトランクに収まった。

  「……ふふふ」

  嘉蓋は車に乗り込み、エンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。

  「沙英ちゃんっ!?」

  それと同時に、慈亜の姿が彼のサイドミラーに映った。

  ダメ。これは俺のおもちゃ。

  心中でほくそ笑んで、彼はさらにエンジンをふかす。

  彼の隠れ家に一直線に向かって。


  






  ……ここは……。

  沙英が再び目を覚ましたのは、事件の時とほぼ同じような部屋だった。しかし、今回の部屋にベッドはなく、手足の枷もない。彼女は鋼鉄の頑丈な椅子に鎖でがんじがらめに縛られている。どんなに激しく動いてもまるでびくともしない。

  「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

  動くことは早々に諦め、彼女は辺りを見回す。前には壁があるだけ。

  右にもやはり壁。左には……。

  「…………うそ」

  同じように縛られた友がいた。信じられない、といったふうに首を振るけれど、友の短い呼吸は、それが現実だと沙英に突きつける。

  「……ん」

  友は目が覚めると、すぐに周りを見回し、沙英の方を見た。

  「沙英」

  沙英が縛られているのを見て、助けようと体を動かし……それができないことに気付くと、一気にパニックに陥った。

  「え、な、なにこれっ!?  沙英、大丈夫!?  これ、一体何が……」

  たとえ縛られて身動きできなかったとしても、友は真っ先に沙英の心配をした。……正しくはそうではなく、真っ先に沙英の心配をすることで、自分の身に起こった事を認識しないようにしたのだ。もちろんそれは無意識下のことで、友が思ったのは間違いなく沙英のことだった。

  「わ、私は大丈夫、友は?」

  沙英も、一人ではないことに少しだけ安心する。絶望もしている、恐怖もある。けれど、一人ではないことが、沙英を少しだけ落ち着かせていた。

  「私も大丈夫。……ここ、どこだろう?」

  「ここは僕の部屋だよ」

  部屋の扉が開き、男……嘉蓋栄が二人のいる部屋に入ってきた。彼の肩には一人の少女が担がれている。二人からよく見えるところに椅子を置くと、少女を座らせる。そこで、沙英と友は息を呑んだ。

  「――っ!?」

  椅子に座らされたのは正確に言えば少女ではない。少女だった遺体である。

  沙英の身代わりとして苦痛の限りを尽くされた、哀れな少女の残骸だった。

  「え、こ、この子、は……」

  なんの意図を込められたのかは知らないが、その遺体は顔だけは無傷だった。それが災いして、友は気づいてしまう。

  遺体が、沙英そっくりの顔をしていることに。

  「うん、そうだよ。この子は沙英ちゃんの代わり」

  「っ」

  沙英は目を見開いた。自分のせいで。自分が逃げたせいで、見も知らない女の子が、こんな残酷な目に遭わされたのだ。

  「……もう逃げないよね?」

  沙英は必死に頷いた。嘉蓋の口調が、逃げればまた無関係な人間を殺すと物語っていた。

  「沙英!  何言ってんの!?  こんなやつの言いなりになんかなる必要ないっ!」

  「……君からにしようか」

  沙英のために叫んだ友は、全身を強張らせる。

  「……ふふふ」

  いやらしく笑いながら、彼はポケットからひとつの道具を取り出す。

  なんの変哲もない、ホームセンターならどこでも売っている、ニッパー。

  「……これでどこまで切れるかな?」

  縛られている友の手を取り、嘉蓋は彼女の細長い指先にニッパーの刃をあてがう。

  「ま、待って、待ってっ!」

  恐怖に耐えきれず、友はダメ元で叫ぶ。

  「うん、わかった」

  意外とすんなり、嘉蓋は離れた。そして、二人から離れ、何も言わずに部屋から出ていった。

  「……ゆ、友、大丈夫?」

  「……ごめん、怖いよ、沙英」

  友は静かに思う。これで終わりなはずがない。どうせ別の道具でも取ってきているのだろう。そんなことは目の前に置かれた沙英そっくりの遺体を見れば容易に想像がつく。

  ……どうして私がこんなことに。沙英と一緒にいたからだ。友はそれを恨みはしなかった。全ては、覚悟したこと。沙英が攫われたと知って、さらに心に酷い傷を負っていることを知って、なおかつ犯人が未だに沙英を狙っていることも知って。それでも、友が沙英から離れなかったのは……。

  「……」

  それは、友自身にもよくわかっていない。親友として心配だったのかもしれないし、ただの同情だったのかもしれない。家族に向ける愛情も感じていたかもしれない。そして、その全てである可能性も、もちろんあった。

  「……お別れだね、沙英」

  「ど、どうしてそんなこと言うのっ!?」

  「……」

  友は何も言わなかった。次にこの部屋の扉が開くときが、自分の最期。そう直感した。もう自分は何があっても助からない。唯一の救いはと言えば、苦しんで死ぬか楽に死ぬかのどちらか。……それならば、ひとつ時間稼ぎでもしてやろう。友はそう考えた。もう助からないのなら、せめて友達のために華々しくかっこよく。そう考えることで、友は恐怖を打ち消した。

  「待たせたね」

  沙英は前のように、次現れるのはシャムであって欲しいと願っていた。けれど、その願いは打ち砕かれる。不気味な笑顔を浮かべた嘉蓋はカートを持ってきていて、そしてその中には大小様々な道具が所狭しと並べられていた。雑然としているようで、その実、嘉蓋本人には確実にわかるよう整頓されていた。

  「さて、と。楽しもうかな」

  「ま、待って!」

  沙英は、嬉しそうに言った嘉蓋の言葉を遮った。彼は少しイラついたような表情をして、彼女の方を向く。

  「……なに?」

  「わ、私から、先にやってください。ゆ、……その子は、関係ないです。さっき会ったばかりの見ず知らずの他人です。だから、お願いします」

  「嫌」

  嘉蓋は沙英の必死の懇願を軽く嘲った。

  「ど、どうして」

  「嘘ついてまで沙英ちゃんが守りたい友達ってさ、壊してみたくならない?」

  「ま、まって、お願い、本当に彼女は関係ないんです、だから」

  「もしそうだったとしても、僕が殺すと決めた人間なんだから。やめないよ。やめたくないし」

  それ以降の話を打ち切ると、彼はカートの中を無造作にまさぐり、カッターナイフを持つ。幅の広い、しっかりしたタイプのものだ。

  「さて、と。まずは……そうだね。これで爪でも剥ごうかな」

  「え」

  嘉蓋は言ったことを実行するため、友の手を取った。もちろん、沙英によく見える方を、だ。

  「ね、ねえ、ほ、本気で言ってるの?」

  爪を剥がれるくらいは想像がついたが、まさかカッターナイフでだなんて。そもそもどうやってこんなもので爪を剥ぐ気なんだろう?

  そんなことを考えているうちに。 

  「いやっ、友ッ!?」

  沙英の叫びとほぼ同時。

  友の絶叫が、部屋中に響き渡った。

  

  

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