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第十二話

  リビングのソファーに隣り合って座りながら、友と慈亜は話していた。

  「……ねえ、やっぱり、沙英を泊めるの、ダメ……なのかな」

  不安そうに友は聞いた。自分はちゃんと沙英のことをわかっている。けれど、お母さんはそうではない。……だから、泊めてはダメと言われるかもしれない。そんな疑念が消えなかった。

  「どうしてそう思うのかしら」

  慈亜は友の気持ちをわかっていながら、友に聞いた。

  「……私は、沙英のことわかり始めてる。でも、お母さんはそうじゃないから、きっと……」

  「……確かに、あなたは沙英ちゃんのことを理解し始めてるんでしょうね。でも、それとは反対に私のことを……家族から、離れていっちゃってるわ」

  怒るでもなく叱るでもなく、ただそうであることを指摘するように慈亜は言う。

  「あなたが本気で助けたいと思っている相手を……ただ私が理解できないから、という理由で『ダメ』と言うと思う?」

  慈亜は沙英を変に思っているわけではない。むしろ理解している方だと自負している。だから沙英をここに住まわすことにも大賛成だし、この先ずっとここに居候すると言われたとしても、彼女は了承するつもりだった。昔から沙英と友は仲がよかったし、よく泊りにもきていた。それが長くなるだけだと言えば、友の父親だって納得するだろう。いや、納得させてみせる。と慈亜は心の中で決意する。

  「……思わない」

  「でしょ?  なら、なんでそんな寂しいことを言うの?」

  慈亜が言うと、友は目に見えてしょんぼりとした。

  「……だって、その……ごめんなさい」

  「もう、しょげないの。大丈夫よ。私は気にしてないわ。……それに、きっと沙英ちゃんは戻れるわ。だから、あなたが泊まっていい、泊まってはいけない、を考えなくてもいいのよ」

  この時ばかりは、慈亜は嘘を言っていることを後ろめたく思った。何をされたのかは知らないが、あそこまで心が折れているのに元の沙英、つまり明るく優しい沙英に戻るとは、慈亜にはとてもではないが思えなかった。

  「……そうだよね、きっと戻るよね。また、一緒に笑えるよね……」

  友は口ではそう言っているが、雲をつかむような話をしている気がしてならなかった。せめて、沙英を攫った犯人が捕まれば、少しは変わるのだろうが。他に、何かいい方法がないか、何かあるはずだ、何か……。

  「……ねぇ、友」

  「え、な、なに、お母さん」

  考えることに没頭していた友は、びくりと肩を跳ねさせた。慈亜はその様子を見て、友の疲労を感じ取った。無理もない、昨日の夜から今日の今まで、友は神経を尖らせ、沙英に気を遣っていたのだ。

  「……ぁ、その、今日はもういいから、沙英ちゃんと一緒に眠ってらっしゃい」

  「え、い、いいの?」

  「ええ、いいのよ。あとのことは私に任せて、ぐっすりと眠ってきなさい」

  どん、と慈亜は自信たっぷりに胸を叩いた。実はここで、沙英がどうしてこんな風に気を失うようになったのか、心当たりはないか、など、他にも色々聞くつもりだったのだ。けれど、疲労が見え始めている友をさらに疲れさせるようなことを、慈亜はしたくなかった。

  「……ぁりがと」

  眠っていい、と言われたからか、友は急に眠たそうに目をこすり始めた。

  「……ほら、こけないように気を付けて、ね?」

  ゆっくりと友を立たせ、沙英のいる客室にエスコートする。

  「はい、おやすみ。疲れてるでしょうから、着の身着のままでもいいわ。でも、朝にシャワー浴びるのよ?」

  「ぅん」

  むにゃむにゃと目をこすらせながら、友は沙英の隣に倒れこむようにして眠った。

  「……」

  慈亜は姉妹のように仲良く眠る二人を見て微笑んだ。

  「……さて、と」

  客室を出て、扉を閉めると、慈亜は顔を引き締めた。

  「……これからは、私の仕事ね」

  沙英を助けるためには、色々しなければならないことがある。それらはすべて、大人であり母親であり、そして沙英の友達でもある自分自身がしなければならない。

  「……」

  それを決意した時の慈亜の表情は、友が沙英を助けると誓った時の表情と、驚くほど似ていた。

  リビングのテーブルに置いてあった携帯を開くと、電話をかける。呼び出し音が数回鳴って、相手が出た。

  『はい』

  貫禄のある、低い声がした。

  「あなた?  今時間いいかしら」

  『ああ、かまわないよ。今休憩中だからな。何かあったのか?』

  「沙英ちゃんが泊まることになったわ」

  電話の相手は、しばらく黙った。

  「もしかしたら、これから先もずっと泊り続けることになるかもしれない」

  『……向こうの親は、なんて言ってるんだ。……いや、その親が信用できないからウチに来たのか』

   沙英の家族も、誰も信用できなくなったら連れてくる。友と彼はそういう約束をしていた。

  「……そのことなんだけど、どうも沙英ちゃん、ご両親がいないそうなの」

  『……なんだと?』

  電話の相手……友の父親、大臣 誠司は低くうなった。

  「蒸発したのかお亡くなりになったのか、そう思い込んでるのかは知らないけど……とにかく、今沙英ちゃんの家には誰もいないそうよ」

  『……そうか』

  「それと、あなた。一つ頼みごとがあるのだけど……」

  慈亜は少しだけ表情を

引き締めた。

  『なんだ?』

  「沙英ちゃんね、ちょっと傷が深いみたい。早い内に精神科に行くかカウンセリングを受けさせないと」

  手に負えない。慈亜は沙英のことをそう考えていた。確かに理解している。事件の影響で周りの何もかもが敵に見えてしまうのも無理はない。できることなら早く元の明るい沙英に戻ってほしい。しかし、だからこそ慈亜は手に負えないと考えた。友も含めて、自分たちはプロではない。そんな人間がにわか知識で心に深い傷を負った沙英を治せるとはとても思えなかった。

  『……そうか。私はその手のことは詳しくない。お前に任せる』

  「ありがとう。それと、お泊りの件はいいのかしら?」

  『ぜひともゆっくりしていってくれ、と伝えてくれ』

  「はいはい」

  素直じゃないな、と慈亜は思った。無理して威厳のある喋り方をして、カッコつけて。まあ、それも可愛いんだけど。慈亜は昔を思い出していた。

  「……ふふふ」

  携帯を切ったあと、慈亜一人微笑んだ。きっと、全てがうまくいく。無理やりにでもそう思うことにした。

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