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第八話

  近くの交番まで連れられる道中、友は気が気でなかった。

  「で、お嬢さん達はどうしてこんな時間にゲーセンなんて行こうとしていたのかな?」

  「……それは」

  二人の警官はさっきからこれ見よがしに沙英に訊き続けている。まるで、初対面であるかのように他人行儀に。

  「ちょ、ちょっと、あんたたち」

  「口の利き方気を付けろ、って言わなかったかしら?」

  有無を言わせぬ言い方だった。その勢いに気圧され、友はおし黙った。その様子を隣で見ていた沙英は、さっきまで朗らかだった桜田が凄んだことに内心驚いた。

  「ずいぶん他人事みたいに眺めるんだね」

  「え?  ……いえ、そんなわけじゃなくて」

  「ま、いいけど。さ、ついたよ。奥に入って」

  交番まで着くと、刑部は奥の部屋に二人を案内する。

  「え?  な、なんで」

  「いいから」

  戸惑う友と沙英の背中を桜田が押す。

  「ま、とりあえず座って」

  刑部が勧めたのは畳の上。ここは詰めている警官達の休憩場所で、一般人を入れることはないところである。

  「はい」

  沙英は素直に、友は訝しげに畳の上に座る。

  「まったく、日割さん。少しは自分の立場、というものをわかってもらいたいわね」

  さっきとはうってかわって親しげになった口調で桜田は言う。内容は少しとげとげしいが、それでもさっきまでの他人行儀なものとは違った温かみがある。

  「……沙英の立場って、何?  沙英は普通の女の子だよ?」

  むすっとした様子で友は言った。

  「残念だけど、日割さんが普通の女の子だったのは、一週間前までのことよ」

  「……でも」

  沙英は思わず、否定の言葉を口にしようとする。

  「普通でいたいのは、わかります。けれど、巻き込まれてしまったものはどうしようもないんですよ。お気の毒とは、思いますが」

  それを牽制するように刑部が先に言った。

  「……」

  寂しそうに沙英は黙り、それきり何も言おうとしなかった。

  「それで、どうして私達をここに連れてきたの?」

  「口の利き方気を付けろって言ってるでしょうに……。まあ、私が言いたいのはね、あんまりうろつかないで、ってこと」

  「でも」

  「お友達を外に連れ出して気分転換させてあげたいのはわかるけど、今はダメよ」

  「どうして!」

  「……言えないわ」

  肝心なところを知らされず、友は歯噛みする。

  「なんで!?  沙英の自由を縛るんだったら、その理由も教えてよ!」

  「教えられないの。学校サボってたことは黙っててあげるから早く家に帰りなさい」

  桜田の口調に棘はなく、むしろ本気で気遣っているようだった。友にはそれが腹立たしく感じた。

  「なんで理由も知らされずにそんなこと言われなきゃいけないのよ!」

  「本当にお父さん達呼んであげましょうか?  理由は十分にあるのよ?  それをしないのは、単に私の善意。……さ、どうするの?」

  友ではなく、黙りこくっている沙英に向けて彼女は訊いた。

  「……私、帰ります」

  「沙英!?」

  「あなたは正しい判断をしましたね。さ、送って差し上げましょう。まだ明るいとはいえ、危険がないとは限りませんから」

  「……はい」

  危険がないとは限りませんから。沙英にはその部分にこそ、自分達を家に帰そうとする理由の全てが隠されているようにしか思えなかった。

  「……沙英がいうなら、私も帰るけど」

  「ま、家の中で遊ぶんなら、私達も止めないけど。で、お友達はどうする?  おうちに帰る?」

  「……沙英、家に行ってもいい?」

  沙英は頷く。というか断るわけがなかった。

  「そういうことなんで」

  「そう。じゃ、刑部さん、車出してください」

  「わかってますよ、桜田さん」

  刑部は快く頷くと、交番を出て、近くの駐車場に向かった。

  「ねえ、日割さん」

  「なんですか?」

  「沙英ちゃん、って呼んでいい?」

  「……べ、別に構いませんが」

  急に訊かれて戸惑いながらも、沙英は了承した。

  「そう、よかったわ!  あなたも私の事を桂香さん、って呼んでね。もちろんお友達もよ?」

  「……友」

  「友ちゃん、ね?」

  「そうよ」

  ぶっきらぼうに友は答えた。

  「沙英ちゃん、友ちゃん、一つだけ、言いたいことがあるの」

  「……なに?」

  「なんですか?」

  「いい?  絶対に、無理しちゃダメよ?」

  刑部がいたときとは全く違った態度で、桜田は言う。

  「無理してなんか……」

  「無理してなかったら、そんなに緊張しないよ」

  「そんな、私は……」

  言われて、沙英は自分の体を確かめる。

  「……どう、沙英?」

  「……」

  確かに、四肢が緊張でガチガチになっていた。

  「ほら、ね?」

  「私は、そんな、確かに、外に出たい、って思ったのに……」

  「そりゃ思ったでしょうけど、それでも我慢しないと。あなたの本能は外が危険な場所だって感じてるのに、外に出るからよ」

  「……そんな。友がいるのに」

  友がいたのに自分が外界に対して警戒していたことが、沙英には信じられないようだ。

  「ま、精神面では友ちゃんがいたから助かってるみたいね。でも、そればっかりは傷が癒えるまで待つしかないわ」

  「そう、ですか。どれくらい、待てばいいんですか?」

  「うーん、そうねぇ。外が怖い、って思わなくなったら、かしら」

  「……」

  本当にそんな日が来るのか、沙英にはわからなかった。

  「……私の、せいだね。ごめん、沙英」

  「友ちゃんも、自分を責めちゃだめ。時々こうして連れ出してあげようとするのも、重要なんだから。ホントに連れ出すのは避けてほしいけど」

  珍しく桜田が友をかばうように言った。

  「……ありがとうございます」

  そして、友も珍しく桜田に敬語を使った。

  「……お、来たみたい。じゃ、ついてきて。車の中は安全だから」

  車の排気音が聞こえると、桜田は立ち上がり、友と沙英を連れ出す。交番の外には、ごく普通の乗用車がエンジンをかけた状態で停めたあった。

  「送っていきますよ、お嬢さん」

  運転席から顔を出し、芝居がかった挙動で刑部は言った。

  「さ、二人とも早く乗って!」

  外に出た途端、桜田は冷たくあたる。急な態度の変化に二人はついていけず、戸惑うばかり。

  恐々と車に乗り込むと、桜田は乱雑に扉を閉めた。

  「出して」

  「人使い荒いですね」

  「黙って出す!」

  「はいはい」

  桜田の怒声に肩をすくめて、刑部は車を発進させる。

  「……やっぱり、なにかいるわね」

  桜田の呟きは小さく、誰の耳に入ることもなかった。

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