第9話 雨の日の告白
その日は、朝から雨が降っていた。
空は重く垂れ込み、校舎の窓を打つ雨音が、一定のリズムで続いている。
まるで、誰かの鼓動のようだった。
桐谷陽斗は、傘を握りしめながら昇降口を抜けた。
体育祭が終わってから、数日。
あの日以来、透花と何度か目は合ったが、まだちゃんと話せていない。
けれど今日こそ、決めていた。
(……伝える)
場所でも、タイミングでもない。
今言わなければ、また逃げてしまう。
そんな気がしていた。
◇
昼休み。
陽斗は、中庭へ向かった。
雨の日の中庭は、誰もいない。
濡れた地面が鈍く光り、静寂だけが広がっている。
屋根のあるベンチに腰を下ろし、透花を待った。
来なければ、それでもいい。
ただ、自分の気持ちに区切りをつけたかった。
しばらくして。
「……桐谷くん」
その声が、雨音の向こうから届いた。
顔を上げると、透花が立っていた。
傘をたたみ、少し濡れた髪を気にしながら。
「ここにいる気がして」
そう言って、微笑む。
胸が、強く鳴った。
「……少し、話せますか」
陽斗が言う。
透花は頷き、向かいに座った。
雨音が、二人を包み込む。
◇
「体育祭の日から……」
陽斗は、ゆっくり言葉を選んだ。
「ずっと、考えてました」
透花は、黙って聞いている。
「僕は、怖かったんです」
「……何が?」
「気持ちを伝えて、今の関係が壊れるのが」
視線を落とす。
「でも、何も言わないまま離れていくほうが……もっと怖いって、やっと気づきました」
雨が強くなる。
心臓の音が、耳の奥で響いた。
「篠宮さんと話す時間が、僕にとって……特別でした」
声が、少し震える。
「一緒にいると、安心して。離れると、苦しくて」
顔を上げる。
透花の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
「……好きです」
その一言を、ようやく口に出せた。
言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった。
雨音しか聞こえない。
一秒が、とても長く感じられた。
◇
透花は、しばらく何も言わなかった。
けれど、その沈黙は拒絶ではなかった。
彼女は、ゆっくりと息を吸う。
「……私も」
小さな声。
「私も、桐谷くんが好きです」
その言葉に、世界が一瞬、静止したように感じた。
「夏祭りの夜……何か言いかけてましたよね」
透花は、少しだけ微笑む。
「それに気づいてから、ずっと考えてました」
視線を落とし、続ける。
「怖くて、距離を取ってしまって……ごめんなさい」
「いえ……僕も、同じでした」
二人とも、同じ場所で立ち止まっていたのだ。
「でも……今こうして話せて、よかった」
透花は、そっと言った。
雨は、まだ降り続いている。
けれど、胸の奥は不思議と晴れていた。
◇
「……これから」
陽斗が言う。
「もし、よければ……」
言葉に詰まる。
透花が、そっと続きを待つ。
「ゆっくりでいいので……一緒に、歩いていきたいです」
彼女は、少し驚いたように目を瞬かせ、それから優しく笑った。
「はい」
たった一文字の返事が、何より嬉しかった。
雨音が、少しだけ穏やかに聞こえる。
中庭の空気が、柔らいだ。
◇
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「……戻らないとですね」
「そうですね」
二人は立ち上がった。
昇降口へ向かう途中、透花が小さく言う。
「雨の日、嫌いでしたけど」
「……はい」
「今日は、少し好きになれそうです」
陽斗は、思わず笑った。
「僕もです」
並んで歩く背中に、距離はなかった。
傘越しに聞こえる雨音が、二人の新しい始まりを祝福しているようだった。
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第9話 完




