表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第8話 本当の気持ちに気づく時

 秋の空は、高く澄んでいた。


 体育祭当日。

 校内は朝からざわめき、普段は静かな廊下にも笑い声が溢れている。


 桐谷陽斗は、クラスのテントの下で空を見上げていた。


 青すぎるほどの空。


 なのに、胸の奥は落ち着かなかった。


(篠宮さん……)


 視線は無意識のうちに、二組のテントを探している。


 ここ数日、少しずつ会話は戻ってきていた。

 挨拶だけだった関係から、短い雑談ができるくらいには。


 それでも、まだ以前の距離には戻れていない。


 近づきたい。

 でも、踏み出す勇気が足りない。


 そんな気持ちを抱えたまま、競技が始まった。


 ◇


 午前の競技が進む中、陽斗はリレーの補欠としてグラウンド脇に立っていた。


 ふと、視線を感じる。


 観客席の向こう側。


 透花がこちらを見ていた。


 目が合う。


 一瞬、どちらともなく視線を逸らしたが、すぐに彼女は小さく手を振った。


 陽斗は、少し遅れて手を振り返す。


 それだけのやり取りなのに、胸が温かくなった。


(……やっぱり)


 その瞬間、はっきりと分かった。


 自分は、彼女が好きだ。


 曖昧でも、迷いでもない。


 離れて苦しかった理由。

 声をかけられなかった後悔。

 見つめてしまう視線。


 全部、同じ答えに繋がっていた。


 ◇


 一方、透花もまた、テントの陰で胸を押さえていた。


(今、目が合った……)


 たったそれだけで、鼓動が速くなる。


 夏から続くこの感情を、もう誤魔化せなくなっていた。


 近づくと苦しくて、離れるともっと苦しい。


 それでも、彼の姿を探してしまう。


 それが何なのか、もう分かっている。


(私……)


 透花は、小さく息を吸った。


(桐谷くんのこと、好きなんだ)


 気づいた瞬間、胸が少し痛んだ。


 同時に、少しだけ楽にもなった。


 やっと、自分の気持ちに名前をつけられたから。


 ◇


 午後。


 競技の合間、陽斗は一人、校舎裏へ向かった。


 頭を整理したかった。


 逃げ続けてきた気持ちと、ちゃんと向き合うために。


 そこには、誰もいないはずだった。


「……桐谷くん」


 振り向くと、透花が立っていた。


「篠宮さん……」


 彼女も、少し戸惑った表情をしている。


「ここ、人が少ないので……」


「はい。僕も……」


 言葉が途切れる。


 沈黙。


 けれど、不思議と逃げたいとは思わなかった。


「体育祭、どうですか?」


 透花が聞いた。


「楽しいです。でも……」


「でも?」


「それより、考えてることがあって」


 胸が強く鳴る。


 言ってしまいそうになるのを、必死で抑えた。


 まだ、タイミングじゃない気がした。


 透花も、同じように何かを言いかけて、やめた。


 二人とも、同じ場所で立ち止まっている。


 でも、以前とは違う。


 心は、同じ方向を向いていた。


 ◇


 体育祭の最後。


 全校生徒がグラウンドに集まり、閉会式が行われた。


 夕方の空が、少しずつ橙色に染まっていく。


 その空を見ながら、陽斗は決めていた。


(ちゃんと、伝えよう)


 もう逃げない。


 失うのが怖くても、それ以上に、何も言えず終わるのが嫌だった。


 透花もまた、同じ空を見上げていた。


(もし、桐谷くんが……)


 その先を考えると、胸が震える。


 でも、逃げたくなかった。


 好きだと気づいてしまった今、曖昧なままではいられなかった。


 ◇


 夕焼けの校庭。


 二人の影が、長く伸びている。


 まだ言葉にはしていない。

 けれど、同じ答えにたどり着いたことだけは、確かだった。


 あとは――


 どちらが、最初の一歩を踏み出すか。


 秋風が、静かに吹き抜けた。



第8話 完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ