第7話 それぞれの後悔
秋の気配は、ある日突然やって来た。
朝の風が少しだけ冷たくなり、制服の袖を引き上げる。
校舎の窓から見える空も、夏とは違う色をしていた。
桐谷陽斗は、机に頬杖をつきながら、外を眺めていた。
隣の席の空気は、相変わらず静かだ。
篠宮透花とは、必要最低限の挨拶しか交わしていない。
あの雨の日以来、二人はまた距離を縮められずにいた。
話したい。
でも、話しかける勇気がない。
その繰り返し。
(何をやってるんだろう、僕は)
自分の弱さが、嫌になる。
◇
放課後。
陽斗は校舎裏のベンチに座っていた。
ここは、人通りがほとんどない。
頭を整理したいとき、自然と足が向く場所だった。
透花と出会ってから、ずっと逃げてきた。
噂が怖くて。
拒まれるのが怖くて。
関係が壊れるのが怖くて。
でも――
何もしなければ、何も始まらない。
そんな当たり前のことを、今さら思い知る。
「……後悔してるんだよな」
声に出すと、胸が少し痛んだ。
夏祭りの夜。
彼女の横顔。
言えなかった言葉。
あの一瞬を、何度もやり直したいと思ってしまう。
◇
一方その頃。
透花は図書室の奥で、一人本を開いていた。
ページをめくっても、内容は頭に入らない。
視線は、何度も向かいの空席に向かってしまう。
(……ここ、二人の場所だったのに)
自分から距離を置いたくせに、寂しさだけが募る。
陽斗が悪いわけじゃない。
ただ、自分が怖かっただけだ。
期待して、傷つくのが。
でも今は、期待すらできない距離になってしまった。
「……私、何してるんだろ」
小さく呟く。
友人に囲まれているときは、笑える。
けれど一人になると、必ず彼の顔が浮かんだ。
図書室で並んで座ったこと。
指先が触れた瞬間。
帰り道の夕焼け。
どれも、胸の奥に残っている。
忘れようとしても、忘れられなかった。
◇
数日後。
体育祭の準備が始まった。
校内は一気に慌ただしくなり、放課後も生徒が残るようになる。
陽斗は、クラスの仕事で倉庫の片付けをしていた。
「これ、運ぶの手伝ってもらえますか?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、透花が立っていた。
久しぶりに、真正面から目が合う。
「……はい」
二人で段ボールを持ち上げる。
無言のまま、倉庫から体育館裏まで運んだ。
距離は近い。
なのに、言葉が出てこない。
作業が終わり、気まずい沈黙が流れる。
「……あの」
同時に声を出し、また黙る。
透花が小さく笑った。
「先に、どうぞ」
「いえ……」
結局、彼女が口を開いた。
「最近……避けてるわけじゃ、ないですよね?」
胸が、強く鳴った。
「……避けてません」
「本当ですか?」
「むしろ……話したいのに、できなくて」
正直な言葉だった。
透花は少し驚いたように目を見開く。
「私も、同じです」
その言葉に、陽斗は顔を上げた。
「怖くて……どう接すればいいか分からなくなって」
透花の声は、震えていた。
「でも、今こうして話せて……少し、安心しました」
胸の奥に、温かいものが広がる。
完全には戻らない。
それでも、止まっていた時間が、少しだけ動いた気がした。
「……また、話してもいいですか?」
陽斗が言う。
透花は、ゆっくり頷いた。
「はい」
それだけで、十分だった。
◇
帰り道。
並んで歩くわけではなかったが、同じ方向に歩いている。
空は高く、澄んでいる。
後悔は、まだ消えない。
でも、後悔を抱えたままでも、前に進める気がした。
互いに、同じ想いを胸に抱えながら。
失いたくない。
それだけは、はっきりしていた。
⸻
第7話 完




