第10話 同じ空の下で
雨が上がった翌朝。
空は、驚くほど澄みきっていた。
雲ひとつない青が広がり、まるで昨日までの迷いや不安をすべて洗い流したかのようだった。
桐谷陽斗は、家を出る前に一度、空を見上げた。
胸の奥に残るのは、まだ少しの緊張と、確かな温度。
(……付き合う、って)
昨日は告白をして、想いが通じ合っただけ。
でもそれだけで、世界の輪郭が少し変わった気がしていた。
◇
登校途中。
駅前の交差点で、見慣れた後ろ姿を見つける。
「篠宮さん」
呼びかけると、透花が振り返った。
「おはようございます……あ」
言葉のあとに、少し照れたような間が生まれる。
「……おはよう、陽斗くん」
名前で呼ばれた瞬間、胸が軽く跳ねた。
「名前で呼んでも……いいですか?」
透花が小さく尋ねる。
「はい。僕も……透花さんって呼んでいいですか?」
彼女は、ゆっくり頷いた。
「……うん」
それだけで、昨日までとは違う“今”が始まった気がした。
二人で並んで歩く道。
同じ景色なのに、色が違って見える。
◇
学校では、まだ大きな変化はなかった。
手を繋ぐわけでもなく、周囲に宣言するわけでもない。
けれど、廊下ですれ違えば自然に目が合い、微笑み合う。
それだけで十分だった。
昼休み。
二人は久しぶりに中庭のベンチに並んで座った。
「ここ、覚えてます?」
透花が言う。
「もちろんです。最初に話した場所ですから」
「私、あのとき……すごく緊張してました」
「実は、僕もです」
二人で小さく笑う。
風が木々を揺らし、葉の影が地面に落ちる。
「不思議ですね」
透花が空を見る。
「何も変わってないはずなのに……全部が大切に見える」
陽斗は頷いた。
「一緒に悩んだ時間も、すれ違った時間も……」
「今なら、全部必要だったって思えます」
沈黙が、心地よかった。
もう、無理に言葉を探さなくていい。
◇
放課後。
図書室の奥の席に、二人は並んで座っていた。
かつて“秘密の場所”だった空間。
今は、“帰ってこられる場所”になっていた。
「ねえ、陽斗くん」
「はい?」
「これから先……もしまた不安になったら」
透花は、少しだけ真剣な表情になる。
「ちゃんと、話し合えますか?」
陽斗は、迷わず答えた。
「はい。逃げません」
その言葉に、透花は安心したように微笑む。
「私もです」
小さな約束。
けれど、それは二人にとって何より大きな意味を持っていた。
◇
帰り道。
夕焼けが街を包み込む。
並んで歩く影が、ゆっくりと重なっていく。
「……同じ空ですね」
透花が言った。
「はい」
陽斗は空を見上げる。
「でも、前よりずっと近く感じます」
透花は、そっと頷いた。
空は変わらない。
季節は巡る。
それでも、人の心は、出会いによって少しずつ形を変えていく。
あの日、同じ空を見上げていた二人は、今、同じ未来を見つめている。
ゆっくりでいい。
不器用でもいい。
隣にいることを、選び続ける限り。
この青春は、きっと続いていく。
空の向こうへ――。
⸻
完結
ここまで読んでくれて、ありがとう。




