第5話 覚醒と救い 前編
気がつくと、優里は冷たく湿った岩肌に囲まれた洞窟の中央に立っていた。
足元からじわりと冷気が這い上がり、天井から落ちる水滴の音が、やけに大きく響く。
「……ここ、どこ……?」
視界に最初に入ったのは、自分を守るように膝をつく白銀の髪の女性だった。
熾天使メイド・リナ。
彼女は優里の姿を確認すると、安堵したように微笑む。
「ご無事で何よりです、ユーリ様。」
「あ……リナさん……? 僕……たしか、あのモンスターに――」
「はい。あの禍獣は、私が排除いたしました。」
柔らかな口調とは裏腹に、瞳には揺るぎない光が宿っている。
優里は自分の身体に視線を落とした。
傷も痛みも、まったく残っていない。
「え……治ってる……?」
「当然です。主君に傷一つ残すわけにはいきません。」
リナは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「遅れてしまい、申し訳ございません。
あなたが命を賭けて《召喚英雄サモン・ヒーロー》を発動した瞬間、私は生まれ、この世界に降臨いたしました。」
「……僕を、助けるために?」
「はい。あなた様を守るためだけに存在する者です。
あなたが生きたいと願った、その意志に応えた結果が、私です。」
その言葉に、優里は息を詰まらせた。
自分のためだけに生まれ、自分の命を救うために戦った存在――
信じがたく、胸が痛む。
「でも……僕なんて、価値のないF級、邪魔者で、追放された。
“ハズレジョブだ”って……“無能だ”って……!」
思わず涙が溢れる。
思い出したくもない光景が、次々と胸に押し寄せた。
――冷たい眼差し。
――嘲るような言葉。
――女神の名を盾にした追放。
「僕は……誰にも必要とされてない……」
その瞬間、リナは迷いなく優里を抱き寄せた。
耳元に落ちる声は、あまりにも優しかった。
「そんなことはありません。
私はあなたを救うために生まれました。
あなたに仕えるために、存在しています。」
「リナ、さん……?」
「どうか、自分を卑下しないでください。
あなたは“主”です。
力があるからではありません。
“誰かを守りたいと願えた”その心が、あなたを主たらしめたのです。」
優里の目から、静かに涙が零れ落ちた。
リナはそっと手を伸ばし、優里の頬を両手で包む。
「ユーリ様。あなたの物語は、ここからです。
奪われ、否定され、踏みにじられても――
それでも生きたいと願った。
その選択そのものが、すでに答えなのです。」
「……僕でも……立ち上がれる……?」
震える声だった。
だが、その問いは先ほどまでの諦めとは違っていた。
「はい。私が必ず導きます。
あなたが歩むべき道を、共に見つけましょう。」
リナは微笑み、優里の胸に小さな光を灯した。
「あなたは、弱くありません。
あなたを弱いと思わせた“彼ら”こそが、間違っていたのです。」
その光は、確かに――希望だった。
そして優里は、まだ微かながらも初めて理解する。
――自分は、終わらされただけで、終わってはいないのだと。




