第4話 冥府
気がつくと、優里は冷たい岩肌に囲まれた洞窟の中央に立っていた。
足元からじわりと冷気が這い上がり、天井から落ちる水滴の音が、大きく響く。
「……ここは……」
奥から吹きつける風が、低く唸る。
――ヴァルドが言っていたダンジョン、“冥府”。
喉がひくりと鳴った。
安全な王城でも、誰かの視線がある場所でもない。
確かに、転移したのだ。
胸に渦巻く怒りや不満は、ここで不思議と静まった。
代わりに湧き上がるのは、生き延びるための冷静な思考。
(まずは……出口だ)
洞窟は迷路のように続く。
湿った石の匂いと、自分の足音だけが後を追う。
時間感覚はすぐに曖昧になった。
――どれくらい歩いただろう。
ふと、空気の質が変わった。
闇と光が、呼吸するかのように混じり合う小部屋。
中央の台座に、それはあった。
夜空を切り取ったように黒く、星のように瞬く“核の欠片”。
「……なんだ……これ……」
不規則な形状。
光は不安定に瞬き、胸の奥をざわつかせる。
理性が警告する。
――近づくな。
だが、触れなければならない確信もあった。
(……逃げ続けるだけじゃ、ここからは出られない)
気づけば、手が伸びていた。
触れた瞬間――世界が震えた。
核の欠片は光の粒となり、胸へ吸い込まれる。
焼けつくような痛みが全身を貫き、思わず膝をつく。
「――っ!!」
視界が白く染まり、意味を成さない情報が洪水のように押し寄せる。
――“魂を持たぬものの核”
――“星素・超越者の残滓”
理解は追いつかない。
だが、胸の奥が確実に変わったことだけは分かった。
「……は……っ……」
息を整えようとしたその瞬間、背後に明確な“殺意”。
振り返ると、鳥と蛇を無理に繋ぎ合わせた異形がいた。
黒い翼、鱗に覆われた尾、鋭い嘴。
頭上には冷酷な数字――『Lv.300』。
「……は、はは……」
乾いた笑いが、喉から零れた。
冗談ではない。
“死”が、すぐそこにあった。
走る。
洞窟は容赦なく、優里を行き止まりへ追い詰める。
爪が振り下ろされ、脚を裂かれ、岩壁に叩きつけられた。
「……死に……たく……ない……!」
血に濡れた視界の中、胸の奥が灼熱に燃え上がる。
(ここで……終わるのは……嫌だ……!)
震える手で、唯一のスキルを起動させる。
「――出てきてくれ!」
叫びは祈りに近かった。
「友達にも会えず、こんなところに捨てられて……アイツらに復讐もできない。そんなの嫌だ!!」
三重の魔法陣が展開し、洞窟全体が悲鳴を上げる。
異形が一瞬、怯んだ。
――そのとき。
「――我が主君に牙を向ける者は、たとえ小鳥でも許しません」
金属が澄んだ音を立てる。
光の中から舞い出たのは、一枚のメダル。
刻まれた六翼の紋章。
次の瞬間、光が弾け――そこに立っていた。
白銀の六枚の翼。
純白の髪、薔薇色の瞳。
美しさと殺気を同時に纏う戦乙女。
「……だ、誰……?」
「ユーリ様。私はリナ。あなたの《召喚英雄》――レベル∞、《熾天使メイド》です」
言葉の意味を理解する間もなく、彼女は前に出た。
六翼が広がり――光が走る。
空間が切断され、異形は抵抗する間もなく霧散した。
「……す……ご……」
膝から力が抜ける。
リナは跪き、静かに告げる。
「ユーリ様。私の命はすべてあなたのもの。どうかご安心を」
その瞬間、張り詰めていたものが崩れ落ちた。
「……ありがとう……リナ……」
意識が闇へ沈む。
だが深層で、確かに芽生えていた。
復讐への覚悟。
胸に宿った“星素・超越者”の力。
そして――絶対的な味方への信頼。
こうして、ユーリとリナの物語は、静かに、しかし決定的に動き出した。




