第21話 フリルの過去
「フリルさんのことですか?」
優里の問いに、ホルヘは一度だけ周囲を見回した。
「ああ。前に、あいつ自身が俺たちに話してくれたことだ」
声を落とす。
「今から話すことは、フリルには内緒だぞ」
「うん」
アングリーも小さく頷いた。
ホルヘは、ゆっくりと口を開く。
「フリルは、南にあるフォレスト共和国――獣人族の国で生まれ育った」
「深い森の奥に、小さな村があってな。守り人って呼ばれる連中が村を守っていた」
優里は黙って聞いている。
「フリルの両親も、その守り人だった。強くて、誇り高くて……あいつは、いつか自分もそうなりたいって思ってた」
一瞬、ホルヘの言葉が途切れた。
「だが――盗賊団に目を付けられた」
「村は襲われ、大人たちはほとんど殺された。……両親も、その時に死んだ」
拳を握りしめる音が、微かに鳴る。
「生き残った子供や大人は攫われた。亜人は高く売れるからな」
「フリルも、首輪を付けられて、奴隷商に並べられた」
優里は視線を落とした。
「その後、フリルはナッシュ伯爵に買われた」
「闘技場の闘士としてな」
「……自由を得るために、ですか?」
「ああ」
ホルヘは頷く。
「勝てば報酬が出る。命を賭けて、金を稼ぐ場所だ」
「今の彼女なら、もう……」
優里の言葉に、ホルヘは一瞬だけ沈黙した。
「……実はな」
「フリルはもう、自分の自由を買えるだけの金を稼いでる」
優里は目を見開いた。
「それなら、なぜ――」
「もう一人、いるんだ」
ホルヘは即答した。
「サヤっていう、ダークエルフの子供だ」
「同じ奴隷商に並べられて、フリルと年も近くてな……姉妹みたいに仲が良かった」
アングリーが、静かに拳を握る。
「だが、フリルが闘士として買われた後、サヤは別の場所に回された」
「この街の《黒豚亭》って酒場だ」
その名を聞いた瞬間、優里の胸が締め付けられた。
荒れた部屋。
嘲る声。
逃げ場のない記憶。
無意識に、手に力が入る。
「……おい、大丈夫か?」
「え……あ、はい」
優里は小さく息を吐いた。
「少し、考え事をしていただけです」
「そうか」
ホルヘは深く追及しなかった。
「理不尽ってのは、特に亜人に重くのしかかる。……フリルも、サヤもな」
やがて、ホルヘは席を立った。
「悪かったな。重い話をして」
「俺たちは先に戻る」
硬貨を置き、二人は歩き出す。
「あの……!」
優里が呼び止めた。
「なぜ、この話を僕に?」
ホルヘは立ち止まり、少し考えてから振り返った。
「……目だ」
「目?」
「嘘をつかねぇ目だ」
「見て見ぬふりをしない。そういう奴の目をしてる」
一拍置いて、笑う。
「お前なら、きっと乗り越える」
「いい冒険者になる。……そう思っただけだ」
ホルヘは優里の肩を軽く叩き、去っていった。
夜の街を歩きながら、彼は呟く。
「ノア、か……」
「……あいつなら、フリルたちを救える気がする」
「うん」
アングリーの短い返事を背に、二人は宿へと消えていった。




