第2話 ジョブ
光が消えたあと、僕たちはただ呆然と立ち尽くしていた。
床も天井も白い石で造られた広間。
高い天井から淡い光が降り注ぎ、見たことのない神殿のような雰囲気を帯びている。
……ついさっきまで、教室にいたはずなのに。
胸の奥に、現実と感情のズレが生じていた。
「《星契者》……?」
神官たちが口にした言葉が、誰の耳にも意味を成さないまま宙に残る。
その中で、法衣を纏った男が穏やかな声で歩み出た。
「ご挨拶が遅れてしまい、誠に申し訳ございません。私はブレッシング聖教国・天環院所属──召喚者観測官のヴァルド・レヴィアンと申します」
落ち着いた口調。
だがその態度には、僕らを“客”ではなく“資源”として扱う冷たさがあった。
「皆様《星契者》は、『虚空災群』に対抗するための最高戦力でございます」
最高戦力――?
聞き慣れない国、役職、呼称が次々と飛び出し、頭が追いつかない。
「しかし現状のレベルでは、たとえ“救世主”である皆様でも、最初のアビスを生き延びるのは困難でしょう。我々が責任を持って導き――」
「待ってください!」
張り詰めた声が響いた。
剣崎委員長だ。顔を強張らせながら、ヴァルドへ歩み出る。
「度が過ぎています。ドッキリにしては悪質です。ここはどこなんです? 《星契者》とは? 『虚空災群』とは? 何一つ説明になっていません!」
委員長の叫びに、クラスの緊張が一気に高まる。
しかしヴァルドは表情ひとつ変えず、淡々と頭を下げた。
「失礼いたしました。ではまず、この世界について説明いたしましょう」
神官たちが両手をかざす。
光が天井へと昇り、まるで星空のような空間が広がった。
「ここは皆様の世界とは異なる場所。我々は『エルヴァネア』と呼んでいます。端的に申せば……“異世界”です」
浮かび上がる世界地図。
八つの種族の姿が順番に映し出される。
「初代女神アフロディア様の光から生まれた八種族。それぞれが国を築き共存してきました。しかし――」
映像が闇に染まる。
蠢く黒影が大陸を覆い、飲み込んでいく。
「正体不明の厄災、『虚空災群』。突如現れては世界を喰らい、消え、また別の地へ……終わりなき災いです」
ぞっとするような闇の動きに、誰かが息を呑んだ。
「……そんなものが、俺たちと何の関係があるっていうんですか!」
委員長の声は震えていた。
ヴァルドは静かな笑みを浮かべ、核心に触れる。
「世界を救うために、皆様の“力”が必要だからです」
力……?
どうして僕たちにそんなものが?
心の中で渦巻く不安に、ヴァルドはさらに続けた。
「この世界では“魂紋”を通じて現女神ザフィーナ様より『職業』の恩恵を受けます。そして《星契者》である皆様は特に、強力なジョブが授かりやすい」
剣士。魔法使い。弓使い。
映像が切り替わるたび、クラスメイトたちの期待がざわめく。
「では今より、皆様のジョブを鑑定いたします」
中央に据えられた鑑定台。
だが誰も動けなかった。
その沈黙を破ったのは意外な人物だった。
「……じゃあ、まずは自分から……」
伊沢が手を挙げ、ふらりと進み出る。
「……信じられないですよ。本当に異世界転移なんて……!」
震える声。
しかし次の瞬間には、テンションが爆発した。
「きたああああああ! マジで異世界とか最高! チートジョブ引きますからね! 人生大逆転ですよコレ!!」
クラスの半分が引いたが、伊沢は気にせず鑑定台へ突撃した。
神官の儀式が始まり、淡い光が水晶を包む。
「結果が出ました」
「うんうん!」
「ショウイチ・イザワ殿。ジョブは“鑑定士”。ランクは……E級です」
「……え?」
数秒だけ固まり、だがすぐに復活した。
「鑑定士って、ステータスとか全部見えるやつですよね!? 神です!」
勝手に納得して帰っていった。
そこから、僕たちは順番に鑑定を受けた。
委員長や龍門のときには、水晶が砕け散り、広間がどよめきに包まれる。
「次の《星契者》様。こちらへ」
半分ほど進んだところで、僕の名前が呼ばれた。
水晶に手を翳した瞬間――
紫の光が、弱々しく揺れただけだった。
「結果が出ました。ユーリ・ハスミ殿。ジョブは“召喚士”。ランクは……F級です」
一瞬で場の空気が変わった。
神官の視線が、明らかに冷たくなる。
「……どうかしましたか?」
「いえ。次の方どうぞ」
切り捨てるような返答に、僕は言い返すこともできず列に戻った。
その直後だった。
黒い光が水晶を覆い、右城の鑑定で水晶が破裂した。
「こ、これは……“黒の救世主”……?」
神官たちがどよめき、ヴァルドの目が細くなる。
「……記録でしか知らぬ存在。まさか再び現れるとは」
声には抑えきれない喜びが滲んでいた。
やがて全員の鑑定が終わり、ヴァルドの指示でステータスを確認する。
「ステータス・オープン」
浮かび上がる半透明の画面。
――ユーリ・ハスミ
LV1
HP:F
MP:E
攻撃:F
防御:F
体力:F
素早さ:F
知能:F
「え……?」
目を見開いた。
どう見ても最弱。
“救世主”どころではない。
(なんで……? 僕だけ……?)
そのとき。
「では最後に、重要な儀式を行います。ユーリ・ハスミ殿、こちらへ」
ヴァルドが僕を名指しした。
「え? 僕、何かしましたか?」
返事を待つ暇もなく兵士が両腕を掴む。
一階下の広間、巨大な紋様の中心へと連れて行かれた。
「あ、あの……ヴァルドさん? これは一体――」
「貴方が知る必要はございません」
冷たい声。
そして――
「ユーリ・ハスミ。
貴方を《星契者》の一員から――処分します」
空気が凍りつき、心臓が痛いほど脈打つ。
──この瞬間が、
僕が“復讐の物語”へ足を踏み入れる始まりだった。




