第19話 クルム
「止まれ。ここから先はクルムの街だ。ライセンスを見せろ」
街の入口で、門番が槍を構えたまま行く手を遮った。
足止めされているのは、正体を隠すため仮面を付けた少年――ノアと名乗る優里と、その一行だった。
「貴様! ユー……ノア様に対して無礼だぞ!」
テルマが一歩前に出て怒鳴るが、ノアは静かにその肩を制した。
「待ちな、テルマ。連れが失礼しました」
そう前置きしたうえで、穏やかな声で門番を見る。
「ライセンスは持っていません。代わりに通貨での通行は可能でしょうか?」
「……銀貨五枚だ」
ノアは迷いなく銀貨を取り出し、門番の手に渡した。
「確かに受け取った。通っていい」
門番が脇へずれ、重厚な門が開かれる。
こうして一行は、ドワーフの王が治めるアースガード王国――その最西端に位置する辺境都市クルムへと足を踏み入れた。
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街の中は活気に満ちていた。
宿を確保し、冒険者ギルドで新規登録を済ませた一行は、夕刻には酒場で食事を取っていた。
「しかし……あの門番といい、受付といい……!」
テルマはジョッキを強く机に置く。
「ノア様に対して、あの態度は何だというのですか!」
「まあまあ。もう気にしてないよ」
ノアは苦笑して応じるが、テルマの憤りは収まらない。
「ですが――」
「それは、お主の感情ではないか?」
落ち着いた声でデュークが割って入る。
「黙れデューク! お前には聞いていない!」
二人の言い争いを背に、ノアは酒場を見回した。
楽しげに酒を酌み交わす三人組の男性客が目に留まる。
「デューク。少し情報を集めてくる。テルマのこと、頼んだよ」
「了解しました、主殿」
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ノアは三人の席へ近づき、柔らかな笑みを浮かべて声をかけた。
「失礼します。この街について、少しお話を伺えませんか?」
「何だお前、見ない顔だな」
「それに、その仮面……気味が悪いぞ」
警戒の視線が向けられる。
「名乗るのが遅れました。僕はノア。冒険者になるため、今日この街に来たばかりでして」
丁寧に頭を下げる。
「不勉強で申し訳ありません。知っている範囲で構いませんので、クルムについて教えていただけませんか?」
「坊主が冒険者、ねぇ……」
「クルムも知らねぇとは、田舎者か?」
空気が張りつめる。
だがノアは、さりげなく一言付け加えた。
「お礼と言っては何ですが……お酒と料理、ご自由にどうぞ。代金はこちらで」
その瞬間、男たちの表情が変わる。
「ははっ、兄ちゃん気前がいいな!」
「よし、座れ座れ!」
ノアは席に着き、酒を酌み交わしながら話を聞いた。
クルムは、二つの“名物”によって栄えた辺境の街だという。
一つは、各国の冒険者が集う《クルム・ダンジョン》。
質の高いモンスターと豊富な資源を誇り、希少な武具やアイテムを求め、多くの者が挑む場所。
もう一つは――
「闘技場だ」
男の一人が、少し声を落とす。
「奴隷や傭兵を戦わせて、観客が楽しむ。ナッシュ伯爵の管轄だ」
聞くだけで、胸の奥が冷える。
命を懸けて戦わされるそれを、“娯楽”と呼ぶ価値観。
ノアは、かつていた世界との決定的な違いに、静かな嫌悪を覚えていた。
「……もう一つ、聞いてもいいですか?」
空気を変えるように、ノアは問いを投げる。
「この街の近くで、過去に《虚空災群》が発生したと聞きました。何かご存じですか?」
男たちは顔を見合わせ、首を振った。
「悪いが、俺たちはよそ者だ」
「その話なら……当事者に聞くのが早い」
「当事者?」
「ああ。人族じゃねぇ。俺たちより、ずっと長く生きてる」
そのとき、酒場の扉が開いた。
「……運がいいな、兄ちゃん」
肩を叩かれ、視線を向ける。
そこに立っていたのは、狼の耳と尻尾を持つ半獣の女性。
細身ながら、鍛え抜かれた身体が一目で分かる。
「あれが――クルム最強の闘士だ」
男が囁く。
「獣人族のフリル。過去の《虚空災群》の、生存者でもある」
ノアは、その姿を静かに見つめた。
この出会いが、彼の選択を大きく左右することになる。
そして同時に、この世界の真実へと近づく――最初の一歩となるのだった。




