第18話 旅立ち
星契者たちがそれぞれの訓練に励む中――
ブレッシング聖教国、皇座の間では静かな緊張が漂っていた。
天環院のヴァルドは、皇座の前で一礼し、淡々と報告を続ける。
「星契者様方は、次なる《虚空災(群アビス・コロニー)》に備え、各自レベルアップおよび固有スキルの習得に励んでおります。
上級星契者様の中には、すでに複数の固有スキルを会得した者もおります」
その言葉に、皇座に座る教皇シャルロッテは静かに頷いた。
「頼もしい限りですね。今回召喚された星契者様方は、皆優秀だと聞いています」
柔らかな声色だった。
だが、その表情の奥には、王としての責任と――拭いきれぬ緊張があった。
「女神ザフィーナ様。次なるアビスの予兆はいかがでしょうか?」
ヴァルドの問いに、隣に立つ女神は静かに首を横に振る。
「現時点では、まだ兆候は現れていません」
「……そうですか」
シャルロッテは小さく息を吐き、そしてゆっくりと言葉を紡いだ。
「前回の《虚空災群》から数年。
亡き父の代で果たせなかった責務を、今度は私が果たします」
一瞬、視線が揺れる。
――もし、この選択が間違っていたら。
――もし、彼らを“戦わせる存在”としてしか見られていなかったら。
だが、彼女は迷いを押し殺し、声に確かな意志を宿した。
「星契者様方が戦う存在であるなら、私は守る存在として、この国と民を支えます。
それが、王としての私の戦いです」
「……承知いたしました」
ヴァルドは深く一礼し、皇座の間を後にした。
残されたのは、シャルロッテとザフィーナの二人。
「今日も、お疲れでしたね」
女神の労いに、シャルロッテは微笑みで応える。
「ありがとうございます。……正直に言えば、怖い時もあります」
胸元を押さえながら、彼女は続けた。
「目の前で大切な人を失う恐怖を、私は知っています。
それでも……支えてくれる人がいたから、今の私がいます」
視線を上げ、まっすぐに女神を見る。
「だから私は逃げません。
たとえ、選んだ道の先で責められることになろうとも――
父の分まで、この国を守り抜くと、ここに誓います」
「ええ。私も、あなたの側にいます」
ザフィーナは、静かに、しかし確かに微笑んだ。
⸻
一方その頃――
冥府を離れた優里は、久しぶりに地上の空気を踏みしめていた。
「……仕事じゃない外出は、久しぶりだな」
その背後から、低く落ち着いた声が響く。
「感傷に浸る暇はありません、主殿」
黒き甲冑に身を包んだ騎士――デュークが言う。
「地上での活動は不確定要素が多い。迅速に動くべきです」
「デューク!
ユーリ様がせっかく安心なさっているのに、急かすような真似はやめろ!」
軽装備の少女――テルマが、噛みつくように言い返す。
「……お前こそ、動かずに立ち続ける任務など耐えられまい?」
「自分はユーリ様のためなら、どんな環境でも耐え抜いてみせる!」
二人の応酬を眺めながら、優里は小さく苦笑した。
《暗黒の騎士》デューク。
《ゴッド・アサシン》テルマ。
盾役と斥候役――
地上での情報収集を目的とした《冒険者計画》の中核となる存在だ。
「冥府の依頼だけじゃ、世界の全貌は見えない」
優里は、淡々と告げる。
「ギルバートの件で、僕たちの力が通用することは分かった。
でも、教国の論理だけで世界を測るのは危険すぎる」
一瞬の沈黙。
「星契制度を採用していない地域。
アビス被害の記録が残る街。
まずは、そこから調べる」
視線が、遠くの地平へ向く。
「だからこそ、リナたちに冥府を任せて、僕たちは地上を知る。
世界を理解せずに、決断は下せない。――それが、次の一手だ」
「……理解しました」
デュークは一礼する。
「主殿に忠誠を捧げること。それが、暗黒の騎士の矜持です」
「自分も、全てを捧げます!」
テルマも続いた。
「ありがとう」
優里はそう言い、指輪と仮面を装着する。
髪と瞳の色が変わり、素顔は幻影に覆われた。
「召喚。第四階梯――《飛行》」
三人の身体が、ゆっくりと宙へ浮かぶ。
「ユーリ様と同行できるなんて……」
「情報収集だけで終わらせるのは惜しいな」
「うん。冒険者として、この世界を見よう」
静かに、しかし確実に――
世界の裏側を知るための、地上での冒険が始まった。




