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要請

 薄い朝靄の中を走る一人の少女。白塀に沿って街路を走る少女の足音は、リズミカルで軽快だ。

 淡々と走る少女の前に白塀の内への入口となる門が見えてきた。門衛が少女ににっこり笑いかけながら、少女に軽く手を振っていた。少女が通る度、律儀に手を振ってくる門衛と、同じく律儀に手を振り返す少女の光景は、これで八回目だった。

「後、二週」

 少女はそう呟き、軽快なリズムの足音を街路に響かせるのだった。


「毎朝せいがでますね」

 笑顔と軽い挨拶で出迎える門衛に、クールダウンしながら門を潜る少女は笑顔を返す。

「お蔭様で」

 ピッチを落し息を整える少女は小柄な身体を門衛に見せながら、門の奥にゆっくりと消えていった。

「何時見ても可愛い娘だよな」

 門衛の愛想には、どうやら下心も含まれていた様だ。


 シャワーで汗を流した少女は、二階の一部屋へと続く廊下を歩いていた。目的の部屋に着くと、扉の室名札を確認する。【ルーサー工学ラミタ研究所シルフ・マクスウェル物理研究室】と書かれているのを見て口元に笑みを浮べる。彼女は二月前、この部屋の主となったばかりだったのだ。

 扉を開けて研究室内に入った少女、シルフは幾つかの情報端末が載った机へと向う。椅子に腰を落ち着け、情報端末で同僚や助手からのメッセージで研究の進捗を、笑みを浮べたり眉を顰めたりしながら確認していった。中には【位相空間の可操作性について】という大胆な見解が述べられているものもあり、シルフは興奮を抑えながら、興味深そうに熟読していった。

 しかし、シルフは、最後のメッセージを見て無表情になる。


 差出人:ミシェル・ラグランジュ所長

 宛先:シルフ・マクスウェル主任

 件名:サフュネ遺跡調査への同行要請


 それは、ここ数日来打診を受けては断わってきた依頼の正式な要請、つまりは命令だったからだ。説得を繰り返してきた所長が、ついに業を煮やして強行手段にでてきたのだった。

 何故、所長はこの様な依頼・要請を物理学者であるシルフに対して行なったのか。それはサフュネ遺跡の特殊性と、シルフの経歴にあった。


 サフュネ遺跡は凶暴な獸の群が跋扈する険しい山岳地帯にあり、何度も行われた調査の手を悉く阻んできた。この獸はとても賢く、見事な連携を見せて、遺跡に近づく者を一切寄せ付けなかった。これを排除するには、民間のハンター程度では話にならず、練度の高い戦闘の専門家が必要だと結論付けられたのだった。

 一方、シルフは元々は隣国ティオキアからの移民だった。優秀な頭脳を持つ彼女だったが、故国の制限だらけの研究環境に嫌気が差した彼女はラミタへの移民を希望したのだ。その際、国籍取得のために彼女は十六という若さで軍に志願したのだった。

 軍での彼女は、本人も気付かなかった優れた身体能力で極めて優秀との評価を得ていた。数か月前に二年の兵役が明け、除隊した彼女だったが、除隊の際には士官達から軍人としての将来を惜しまれた程だった。

 この経歴に目を付けられての所長の強権発動だったのだ。

 正式なラミタ国民ではあるが、移民でもあるシルフはこの要請を断わる事ができなかった。もし断われば、最悪の場合今の職を失うだろう。この国に今の職程、彼女の頭脳を生かし切る所は無い。

 諦めの溜息をついて、彼女はメッセージ本文を確認していった。


 シルフは研究所と同じ敷地内にある、警備部門の建物内の一室に居た。彼女は要請という名の所長命令により、遺跡調査の先発隊任務のブリーフィングへ参加するため、警備部を訪れていたのだった。

 ルーサー工学は、工学の名を冠してはいるが複合企業だ。その事業は家庭用電子機器から金融や通信、果ては軍需、警備にまで及ぶ。特に警備部門は除隊した軍人の受け皿となっていて、実質傭兵請け負いが主たる事業内容だった。

 室内に居並ぶ面々は、いかにも元軍人、といった強面達だった。

「君がシルフ・マクスウェル主任か。大変優秀な特技兵だったという噂は現役の後輩達から聞いている。私はアラン・クーパー第一警備係長、元上級曹長だ」

 一際厳つい顔立ちの男に声を掛けられたシルフは反射的にアランへ敬礼した。二年とは言え元軍人として身に染みついた習性は抜けるものでは無いようだ。アランも軽く敬礼を返す。

「楽にしてくれたまえ」

 係長という事は大体小隊長クラスか、と当りを付けたシルフは一礼して椅子に座った。

「さて、ここには警備部第一警備係の主任四名と研究所長推薦のシルフ・マクスウェル主任に集ってもらった訳だが……うん、バーナード主任、発言を許可する」

 出席者全員がバーナードと呼ばれた男に目を向けた。

「ありがとうございます、アラン係長。内々の指示ではシルフ・マクスウェル主任は、私のチームのゲストとして作戦に参加するとお聞きしておりましたが、変更はありませんでしょうか」

「うむ、変更は無い」

 その場の全員が、彼が何を言わんとしているか理解していた。

「では、僭越ながら。自分に彼女の能力を確認させて貰えませんでしょうか。彼女の参加を認めないというのでは無く、あくまで彼女の配置についての参考にするため、ですが」

 やはり、とシルフな思う。軍人時代、彼との接触は無かった。だから彼は純粋に知りたいだけなのだろうし、それは仕方の無い事だ、とシルフは納得した。アランもそれは承知だったようだ。

「マクスウェル主任、ブリーフィングは一時間程で終る。その後時間は取れるかね」

 シルフは軽く頷く。

「自分は、構いません。それで……バーナード主任の懸念を解消できるのであれば」

「よろしい。これよりサフュネ遺跡調査先発隊、簡単に言えば害獣討伐隊だが、ブリーフィングを始める。本作戦は一週間後に実施される。目的は……」

 シルフも他の主任達も、既に知っている事ではあったが、アラン係長の説明を聞き逃がさないよう集中していった。


 ブリーフィング後に行なわれた、バーナード主任によるシルフのテストは、あっけなく終りを告げた。シルフの示した能力に、バーナード主任は文句の付け所を見付けられなかったのだ。それは、テストを見学していた今作戦参加者全員がそうだった。アラン係長でさえ「噂以上だな」と呟いた程だった。

 それが、逆にバーナード主任の悩みの種となったようだ。余りにもシルフの能力が突出しすぎたため、彼のチームでは連携が取れないのだった。

「一人だけになるが遊撃を任せても良いか」

 それが、彼の出した結論だった。彼のチームを本隊とし、シルフには別働隊として獸達の攪乱や陽動、本隊劣勢の際の援護を任せようという事だった。

「構いません。この短期間ではチームとしての緻密な連携訓練は不十分な物となるでしょうから、本官……私が遊撃を担当するのは妥当だと思います」


 この日から、シルフは朝の日課のロードワークに、警備部との合同実戦訓練が加わった。研究時間が減らされるのが不満のシルフだったが、一度引き受けた事には最善を尽すのが彼女の流儀だ。想定される獸達の連携とそれに対する戦術を只管(ひたすら)身体に叩き込んでいった。

 また、訓練の休憩時間には積極的にチームの皆との会話を熟した。なにも仲良くする事が目的だったのではない。指揮系統を確認する為だった。バーナード主任にもしもの事があった場合、次は誰の指示に従えば良いのかの確認であり、その際自分に遠慮無く指示して貰う為に必要な事だったのだ。一瞬の判断ミスが死を招く戦場では必要な事だった。


 そうした一週間が過ぎ、特殊装備を装着したシルフは警備部訓練場にバーナード・チームの面々と共にアラン第一警備係長の指示を

待っていた。

「これより、サフュネ遺跡へ向う。総員、輸送車両へ乗り込め」


 シルフはバーナード・チームの皆と共に、一台の装甲輸送車両へと向ったのだった。

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