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第96話:虚無に微笑む少女と私

 それから何度かのバトルを終えると、沙良は手元のカードを整えながら、ふと和夢に話しかけた。


「……蓮姉様は高校卒業したら、茶道の修行の為に京都に行きますよね」


 その言葉に、和夢はカードを持つ手をふと止め、驚いたように沙良の顔を見た。胸の奥が、不意にざわつく。「えっ……」と、思わず口に出そうになった言葉をなんとか飲み込む。


 まるで、胸の奥を不意に冷たい手で掴まれたような感覚だった。急に知らされる“先の未来”に、戸惑いを隠せなかった。


 けれど沙良は、そんな和夢の様子に気づくこともなく、当たり前のことを確認するように続ける。


「学生じゃなくなったら、今みたいにカードで遊ぶ時間も、大会に出ることもできなくなります。ですから蓮姉様と会える時は、蓮姉様の大好きなカードバトルをしてあげたいと思っていました」


 そう語る沙良の声音は静かで、しかしずっと大事にしてきた想いをそっと差し出すように、話を続ける。


「でも、わたし、気を遣ってるだけじゃないんです。蓮姉様がカードの話をしてるとき、すごく楽しそうだから……その顔を見るのが好きなんです。だから、わたしも遊んでみたくなったんです」


 沙良の目はまっすぐで、曇りがない。


「それに今日の和夢さんとのバトルで、LRがこんなに面白いんだってちゃんと分かりました。やっぱりわたしはLRを始めてみたいです」


 和夢は、沙良のまっすぐな言葉に胸の奥がぎゅっとなった。沙良が言った「茶道の修行で京都に行く」という言葉も、その背景にある蓮の想いも、和夢は何ひとつ知らなかった。


(でもそれを考えるのはまた後だ。今は沙良さんの為に出来ることをしないと)


 和夢は、胸の中のもやもやとしたものを抱えたまま、けれど、沙良の気持ちの強さに頷く。


「そう言えば沙良さんはかなり情報収集してたみたいだけど、もう使いたいカードは決まってるのかな?」


「それはもちろん――――蓮姉様と同じ女神デッキです!」


 沙良はビシッと指を立てると、当然のように口にする。和夢は「……なるほど」と口に手を添える。


「蓮先輩と同じデッキを使いたいというのは、もちろん悪くないと思うんだ。でも……」


 和夢は少し言葉を選びながら続けた。


「レジェンドレコードには本当にたくさんのカードがあって、それぞれに特徴があるんだ。だから、もしこれから始めるなら、蓮先輩と同じデッキにこだわらず、いろいろなカードを見て試してみるのも面白いと思うよ」


 沙良はしばらく黙って考え込み、少し肩をすくめるようにしてから言った。


「……そうですね。でも、やっぱりわたしは蓮姉様と同じカードが使いたいです。だって、蓮姉様はわたしの憧れですから!」


 和夢は沙良のその言葉を受け止めつつ、静かに答えた。


「それはもちろん分かってるつもりだよ。でもさ、ちょっとだけショーケースを見て回るだけでもいいから、ね」


 沙良はその提案を聞いても、少し戸惑った表情を浮かべた。


「うーん…………分かりました! 他でもない今日わたしに力を貸してくれた高坂さんの言葉ですからね」


 和夢は少しホッとしたように笑顔を見せ、軽く頷いた。


「もちろん無理にとは言わないけど、もしかしたらいい出会いがあるかもしれないしね。じゃあちょっと見に行こうか」


「はい、よろしくお願いします」


 和夢と沙良はショーケースを歩きながらカードを見て回った。しかし、沙良はどれもこれといったカードに出会えない様子だった。


 彼女の中で、レジェンドレコードを始める切っ掛けとなったのは蓮の影響だ。その為、和夢のブラックブレイズドラゴンのように、特別な思い入れがあるカードはない。だからこの結果は当然と言えば、当然なのかもしれない。


「……やはりわたしは女神デッキがいいですね」


「うーん、確かにそうかもね~」


 やはりいきなりショーケースを見ても難しいものがあるだろう。だが他のカードに視野を広げたということ自体に意味があると和夢は思っていた。


「そしたら蓮先輩の使ってる女神のカードは――あれ、沙良さん?」


 声をかけた先に沙良はいなかった。いつの間に立ち止まっていたのだろう。沙良は何かに導かれるように一枚のカードを見ていた。和夢物そのカードを覗き込む。


 そのカードには白い髪の少女が描かれていた。崩れた玉座に静かに座り、虚ろな瞳に微かな微笑み。色褪せた世界の中、唯一手の中のペンダントだけが、淡く光っていた。


「《虚無に微笑む少女 ネフィリス》、このカードは――――」

 思わず口にしそうになった言葉をぐっと飲み込む。和夢は一度心を落ち着かせると、冷静に話しかける。


「沙良さんはこのカードが気になったの?」


「は、はい、何ででしょう。理由は分からないんですけど、どうしてかこのイラストに凄く引き込まれて……このカードを見るまで、女神デッキ以外ありえないって思ってたのに……」


 運命の出会いに戸惑う沙良の横で、和夢は改めてカードを覗き込む。やはり間違いはないようだ。


(今の僕なら分かる。《虚無に微笑む少女 ネフィリス》、これはアマルフィーナ・ノクターンが女神デッキの前に使用してたデッキのカードだ)


 レジェンドレコードのアニメ第三期の第一話から三話、アマルフィーナ・ノクターンがこのカードを使用している姿を三度見ている。


(やっぱり、二人は仲良し姉妹なんだな)


 だがそのことは今、口にするべきじゃない気がした。代わりに、和夢は少し肩をすくめ、柔らかく言葉を選んだ。


「もし気に入ったなら、僕がプレゼントしようか? それを沙良さんが持って、今の気持ちを全部蓮先輩に伝えれば、きっと分かってもらえると思うよ」


 その言葉に、沙良は一瞬驚いたように目を見開いた。だが、すぐに小さく首を振って、ぎゅっと唇を結ぶ。


「……ありがとうございます。でも、これは――自分で買います!」


 沙良はそう言って、小さな鞄から大事そうに財布を取り出した。少しだけ震える指先でしっかりと握りしめ、そのまま店員の元へと歩み寄る。


「すみません、このカードください!」


 その声は小さくても、しっかりとした芯があった。


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