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第95話:初めての世界とカードがくれた笑顔

 対戦が始まると場の空気が一気に重くなる。沙良の瞳は、まっすぐにこちらを射抜いた。子どものように無邪気な純粋さではない。それは全力で勝負に挑もうとする者の目だった。


「わたしは手札から《命脈の恵み》を発動します」


「そのカードは妨害させてもらうよ」


「でしたら――手札より《豊穣の大地》を発動! これで継続的に《命の樹エルダービリーフ》にカウンターが置かれ続けます」


「対応はないです」


「これでわたしのターンはエンドです」


 ドローカードを確認しながら、和夢は沙良のカード捌きに思わず舌を巻く。


(初めてのバトルでブラフを仕込んで来るなんて、沙良さん本当に一生懸命勉強してきたんだな)


 三カ月前の意気込みだけの自分とは違う。そんな沙良に今この段階でルール的に教えることは何もないだろう。


(だとしたら、僕に出来ることは最高のバトルをすることだ)


 和夢はこれから自分のするべきことを思い浮かべ、脳をフル回転させる。


(エデングリーンの構築は頭に叩き込んである。あとは沙良さんの手札、カードの切り方、双方のライフの管理、そして自分の山札の流れをしっかり計算するんだ)


 相手の読みの裏のさらに裏をかく。ここで沙良が簡単に勝っても、逆に易々と負けても、彼女はこのゲームの本当の面白さに気づかない。勝つか負けるかの、その瞬間まで自分も沙良も分からない。そんな一戦を和夢は作りたかった。


(僕は高校に入りLRをプレイすることをずっと夢見てきた。だから実際にバトルできるだけですっごく嬉しかった。それに僕の隣にはずっとブラックブレイズドラゴンがいてくれた。だから僕は何度だって笑って立ち上がることができた)


 だが蓮の為にとバトルをする今の沙良にはそれがない。和夢はそれを本当にもったいないと思ってしまった。


 だからこそ、和夢は勝負の場を作る。全力の読み合い、駆け引き、カードの巡りの妙。心を揺さぶる、一手。


 沙良が「面白い」と思える一瞬のために、自分の脳も、精神も、限界ギリギリまで追い込んでいく。悟られないように笑顔を浮かべながら。


 もし和夢の考えを知ったら、沙良は「本気でやってない」と思うかもしれない。それは対戦相手にとって失礼かもしれない。でも、和夢の胸の中にあるのは、紛れもない真剣な思いだった。


(沙良さんに教えたい。レジェンドレコードって――――すっごく面白いんだよって!)


 言葉じゃなく、カードで伝えたい。そのために、今、この瞬間、和夢は全力でバトルをしていった。


 一進一退の捌き合い。沙良は残りライフを確認すると手札からカードを発動する。


「場に《命の樹エルダービリーフ》がある時、手札から《森の守り手ガルデア》を召喚します!」


「それは…………通します」


「――っ! でしたら次に《芽吹くエーデルセージ》を手札から発動。場にいるエンダービリーフトークンの攻撃力を全てプラスします」


「そのカードに対して《ブラックブレイズカウンター》を発動! 場にブラックブレイズドラゴンがいる場合、相手のカードの効果を無効にし破壊するよ」


「うっ! では場のトークンで総攻撃します‼」


「ブロックはしない。これで僕のライフは残り僅か、だけどギリギリ耐えしのいだよ」


 前半の攻防で沙良は見事に自分の裏を掻いた。その成功体験に沙良が引っ張られることを計算に入れ、和夢はギリギリまで妨害を温存させていた。


「ガルデアを召喚したことで、沙良さんは全てのレコードを消費している。これでもう妨害はない。決めさせてもらうよ! 僕は手札から《ネオブラックブレイズドラゴン》の効果を発動! 【進化】することでコストを払わずに召喚する。さらに《ブラックブレイズ飛空隊》を発動、場の名称ブラックブレイズドラゴンを強化するよ!」


「【飛行】持ちのブラックブレイズドラゴンはブロックできません……」


「ネオブラックブレイズドラゴンで攻撃!」


 和夢がカードをタップすると最後の一撃が沙良のライフを削り切る。本当に僅かな差であった。さらにもし沙良がブラフにレコードを消費していなければ、ここまで大胆には動けなかっただろう。


 和夢は「ありがとうございました」と手札を伏せ、沙良の顔をそっと見る。だが沙良は黙ったまま俯き、カードを置いた手もそのままだった。


(しまった……)


 和夢の胸に後悔が湧き上がる。


(やっぱり最後はカウンターを打たずに負けるべきだったのかな)


 だが最後の数ターンは勝敗など考える余裕がないほど、白熱した攻防だった。和夢にとってそれは最高の時間だったが、それが沙良にとって同じとは限らない。


 重たい沈黙が落ちる。和夢は声をかけることもできず、ただその場に座り尽くす。だが、一呼吸のあと、沙良は小さく顔を上げた。泣いているわけでも、悔しそうにしているわけでもない。ただ、静かにすうっと息を吸い込み、落ち着いた声で言った。


「……すっごく、楽しかったです」


 その声にはいつもの落ち着いた雰囲気がありながらも、どこか興奮が滲んでいた。


「正直、こんなに楽しいとは思っていませんでした。でも、カードを引いたり、戦略を考えたりするうちに、どんどん楽しくなっていって……」


 言葉を選びながらも、嬉しそうに微笑む。その姿は普段の凛として落ち着いた沙良とは違い、年相応の無邪気な子供のようだ。その目は、まるで新しい世界を発見したかのように輝いていた。


「これが、蓮姉さまが楽しんでいる世界なんだなって、すごくわくわくして……もっと、もっと知りたいって……あっ、あの、そう思いました……はい……」


 はしゃいでいた声色が少しずつ落ち着いていく。それと比例するように沙良はカァーっと顔を赤くしていった。今更になって自身のテンションの高さに気付いたのだろう。だが恥ずかしさで顔を赤くしながらも、沙良は真っすぐに和夢を見た。


「……高坂さん」


「うん?」


「本当にありがとうございました。わたし、高坂さんに相談して本当に良かったです」


 沙良の声はいつも通りの落ち着いた調子でありながら、その目には新しい世界への期待があふれている。和夢にはそんな気がしてならなかった。


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