第88話:何かいま柔らかいものが
配信の後半では、対戦中に登場したカードの紹介に加え、新たに発売される構築済みデッキの表紙イラストも公開された。
そして極めつけは、完全シークレット扱いの「アニメーションパック」の発売予定発表。興奮と期待の渦の中、配信は幕を閉じた。
配信が終わるや否や、和夢は胸がいっぱいになり、その場で自然と拍手を送っていた。そして高揚したまま、勢いよく三人に声をかける。
「すごかったですよね! 次から次へと情報が出てきて! 新しいデッキもイラストもとってもかっこよかったし、あとアニメーションパックも気になります!」
嬉しさを抑えきれず、和夢はその場で小さく跳ねるように足を上下させる。そんな彼を、蓮は苦笑まじりに手を軽く伸ばしながら「どうどう」となだめた。
「確かに、今回は特に気合入ってたな。ゲストの声優も豪華だった。初めて観た配信がこれって、運がいいな、和夢後輩」
「はいっ、すっごくラッキーでした!」
満面の笑みで答える和夢だったが――ふと、蓮の言葉に表情が変わる。
「……そ、それはそれとしてだな。配信も終わったし、そろそろ……ほら、ちょっと、顔が近いっていうか、その、な?」
蓮は気恥ずかしそうに視線を泳がせる。和夢もそこでようやく、自分の顔が蓮の目と鼻の先にまで迫っていたことに気づき、慌てて飛び退く。
「わ、わわわっ、ご、ごめんなさい!」
だが、その勢いのまま動いた左ひじが、何か柔らかいものに触れてしまう。『ふにょん』とした感触に、一瞬で冷や汗が噴き出した。
(……い、今のって、まさか……)
じわりと額に汗をにじませながら、和夢は恐る恐る後ろを振り返る。視線の先にいたエレナは、不思議そうな表情でこちらを見つめていた。
「どうかしました? 和夢さん」
「あ、あのエレナ先輩、今、もしかして、僕、ものすごく失礼なことを……」
「失礼なこと、ですの? ああ、確かにわたくしの二の腕に、和夢さんの肘が当たりましたけれど、そこまで深刻になることではありませんわよ?」
「えっ、二の腕、あっ、えっ、二の腕だったんですか⁉」
「はい、そうですが?」
「な、なるほど…………ふぅ〜……ならよかった……あぁ〜本当に、失礼なことになってなくてよかったです。……って、いやいや、肘ぶつけちゃってすみません!」
「これだけ近くで一緒に視聴していたのですし、少しくらい当たることもありますわ。それに、わたくしは和夢さんのスマホで見せていただいた立場ですもの。謝られるなんて、とんでもないことですわ」
「で、でも、それでも――――」
和夢がなおも何か言おうとしたとき、不意に明日香が「あっ、あー!」と声を上げる。彼女は勢いよく和夢の正面に回り込み、可愛らしいデッキケースを取り出して見せた。
「さ、さっきの配信見たら、バトルしたくなっちゃったな! ねっ、和夢くん、一戦やろうよ‼」
目を輝かせながらデッキケースを差し出す明日香。その勢いに押され、和夢は一歩引いてしまう。
「えっ、その……」
「ね、早く! 戦おう!」
食い気味に迫られて、和夢は慌てて頷いた。
「あ、はいっ! よろしくお願いします‼」
鞄からデッキを取り出そうとした瞬間、和夢の視線が外れる。その隙に明日香は、ちらりと蓮へ目配せを送った。
蓮は小さく肩をすくめ、すぐに状況を察する。そっとエレナの腕を取ると、自分の右隣へとさりげなく座らせた。ほんの自然な動作で、和夢には気づかれない。
「え、えっと……よろしくお願いします、明日香さん」
「うん、よろしくね、和夢くん!」
二人がデッキを交換し合う間、和夢の意識は完全にカードへ吸い寄せられていく。その様子を横目に、蓮はそっとエレナへ顔を向けた。
「おいエレナ、大丈夫か?」
「…………………はぅ」
エレナの頬は火照ったように赤く染まり、胸元をぎゅっと押さえたまま、か細い声が漏れるのだった。




