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第86話:息をするのも気恥ずかしいくらいに

「うわっ、やっちまったな」


「どうしたんですか蓮先輩?」


「あ~、いやこれなんだけどよ」


 蓮はスマホの画面を見せてきた。そこには、ギガ使用制限の警告が表示されていた。蓮は「うーん」と、後頭部をポリポリと掻いた。


「今月は出先でお茶会が多かったし、暇な時間はスマホで時間潰してたからな。でも、まだ一回目の警告だし、なんとかなると思うんだけど……」


「でも、二十五日締めで、あと一週間以上ありますよね――――そしたら、僕のスマホで一緒に見ませんか! 繰り越し繰り越しでギガ全然余裕ですから」


「えっ、おお、でも、それじゃあ和夢後輩が見づらくないか?」


「全然大丈夫ですよ。それじゃあ蓮先輩の隣に行きますね」


 和夢はそう言って椅子を動かし始めた。その時、エレナが「こほん」とわざとらしく咳をした。


「そういえば、わたくしも今月は……使用制限? というものが危なかった気がしますわ」


「エレナ先輩もですか!」


 和夢が驚いた声をあげると、蓮は呆れた様子で声をあげた。


「いやいや、エレナ、お前、使用制限なんて気にしたことないだろう!」


「節約は小さなことからコツコツですわよ」


「ボックスを毎回カートン買いしてるやつが言うセリフじゃねえだろ、それ!」


「まあまあ、お気になさらず。それでは和夢さん、失礼しますわね」


 エレナは「おほほほ」と言いながら、スッと和夢の左隣に座り込んだ。その動作はいつもの優雅な彼女らしくなく、どこかぎこちない様子だった。


 明日香はそんなエレナを見て、ポンと手を叩いた。


「はい、はい! 私も今月ギガがギリギリなんです‼」


「明日香は店のWi-Fi繋がってるだろ、しかも速いやつ!」


 蓮がすかさずツッコむと、明日香はハッとした顔をしてスマホの電源ボタンを長押しした。


「と言うのは嘘で、もう充電が底をつきそうなんですよね! あ〜、どうしよ〜、困ったな〜」


 明日香はそう言って、チラチラと和夢の方を見て、にっこりと笑った。


「明日香さんも一緒に見ますか?」


「うん!」


 明日香は元気よく答えると、すぐに席を移動した。


 狭いテーブルを囲んで、和夢の左隣にエレナ、右隣に蓮、さらにその隣に明日香が座る。四人の間に広げた小さなスマホの画面。それを覗き込むには、どうしても身体の距離が近くなる。


「ぐっ、うぐっ、ぎゅうぎゅうじゃねえか、これ……」


 蓮がやや不満げに声を上げると、隣のエレナも顔を赤らめながら「た、確かにそうかもしれませんわね……」と息を詰めるように答えた。普段の彼女からは考えられない、どこか落ち着かない様子だ。


 ちらりと和夢の方を見ては、すぐに視線を逸らし、ふわりと揺れた金色の髪が和夢の腕に触れる。その瞬間、わずかにシトラスの香りが鼻をくすぐった。


 エレナのぎこちなさに、和夢も自然と頬が熱くなる。


「な、何だか少し暑いですね、エレナ先輩」


「な、夏も本番ですからね」


 エレナは顔をそむけながらも、ほんの少しだけ上目遣いで和夢を見つめる。その視線はどこか不自然で、余裕のない微かな揺らぎを含んでいた。


 そんな雰囲気を、ぱっと明るく塗り替えたのは明日香だった。


「もぉー、そんなこと言わないで、もっとギューッとくっついちゃいましょーよ!」


 にこにこと無邪気に笑いながら、明日香はぐいぐいと四人の身体を密着させるように押してくる。蓮の後頭部が和夢の胸元に押し付けられ、エレナの肩と腕がさらにぴたりとくっつく。


 じんわりと伝わる体温、ふわりとした髪の感触、そしてぎゅうぎゅうに押し合う窮屈さ。息をするのもどこか気恥ずかしいくらいの距離。


「ちょ、明日香!」


「ふふっ、いいじゃないですか~♪」


 明日香は蓮越しに、にこにこと和夢の顔を覗き込み、まるで反応を試すかのようにいたずらっぽくにやっと笑う。その笑顔は天真爛漫そのものでありながら、ほんの少しだけ小悪魔的な色を帯びていた。


「ほらほら、そろそろ始まりますよー!」


 明日香の弾んだ声とともに、四人の視線が大画面に集中する。


 カウントダウンの数字がゼロになり、『アマジック』という装飾されたメーカーロゴが大きく表示される。そして華やかなオープニングムービーのあと、配信画面が切り替わった。


 配信の開始を告げる元気な声と共に、ステージが華やかなスモークとキラキラとしたライトに包まれる。


 観客の期待を感じさせる大音量の音楽が流れる中、画面に映し出されたのは、レジェンドレコード専属の人気アイドル声優、《霧島こよみ》。


 肩までのふわふわピンクの髪に、大きな水色のリボン。白と水色を基調にしたアイドル衣装が輝き、カードを模したアクセサリーが華やかに散りばめられていて、まさに“カードアイドル”そのものだ。


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