第82話:お礼を探す三日間
放課後、和夢はいつものようにカードショップ「バロック」に到着する。まだだれも来ていない席に座ると、同時にポケットのスマホが震えた。画面を見ると、明日香からのメッセージが届いていた。
『和夢君ごめん! 急にバイト入っちゃって、今日はバロック行けそうにないです』
和夢は内容を確認すると『大丈夫です! お仕事頑張ってくださいね‼』とメッセージを送る。
「明日香さんが来ないってことは、この三日間はずっと僕一人か……」
いつも誰かと対戦したり、話したりしていた店に一人でいるのはなんだか妙に静かに感じた。
「明日香さんはバイト、蓮先輩は茶道の手伝いをしているし、エレナ先輩も家のことで忙しい。みんなカードゲーム以外のことも頑張っているんだな」
和夢は鞄からブラックブレイズドラゴンのデッキを取り出す。そして三人からプレゼントされたカードやサプライの数々に目を向ける。きっとこれらは彼女たちがいろいろとやりくりをしてプレゼントしてくれたものなのだろう。
「……三人に何かお礼をしたいな」
自然と言葉が漏れる。それは和夢がずっと思い続けていたこと。三人から受け取った物に対して、自分はほとんど返せてはいない。
ふと、ゴールデンウィークのときのことを思い出す。
アパートに両親が来たとき、本来貰うはずだったお小遣いやお年玉をまとめて渡された。急に大金を持たされたときは驚いたけれど、おかげでカードゲームを続ける分には困らない。馬鹿みたいなお金の使い方をしなければ、パックも買えるし、大会の参加費だって問題ない。
「でもそのお金でお礼をするのは何か違う気がするんだよな……」
そう考えたものの、現実は甘くない。今の生活を維持するために和夢は学力を落とすわけにはいかないし、長期のバイトは厳しい。短期のバイトがあればいいけれど、そんな都合よく見つかるものでもない。和夢は顔をしかめてため息をついた。
「そんな都合よく短期のバイトなんてないよな……」
「なんだ。君はバイトがしたいのか?」
和夢は驚いて顔を上げた。カウンターの奥に立っていたのは、バロックの店長で明日香の姉、『桜井鏡華』だった。
黒髪を後ろでざっくりと束ね、シャープなフレームの眼鏡をかけた女性。白シャツに黒のぴったりとしたズボン、その上からエプロンをつけている。端正な顔立ちをしているが、どこか覇気がなく、声にも感情の起伏があまりない。
バロックの店長でありながら、普段はあまり表に出てこず、和夢にとっては「店の奥にいる人」という印象が強かった。何度か会ったことはあるが、こうして直接話すのは初めてだった。
「えっ? あっ、はい、そうです」
突然の問いに、和夢は戸惑いながら答えた。まさか独り言を聞かれていたとは思わなかったし、そもそも彼女がこちらに話しかけてくること自体が意外だった。
鏡華は感情の起伏がない表情のまま店の奥を指さす。
「そしたらカードの整理を手伝ってもらえないか」
「え?」
和夢が驚いて聞き返すと、鏡華は少しだけ首をかしげ、片手で眼鏡のブリッジを押し上げた。
「信用のおけない人間には任せられない。その点君なら信用における」
「信用って、ど、どうしてですか? 僕、店長さんとはほとんど喋ったことないのに」
和夢の言葉を聞くと鏡華は不思議そうに小首をかしげる。
「そんなのあの三人の友達なんだから当たり前だろ。身内びいきもあるだろうが、あの子たちの人を見る目は確かだ」
鏡華の真っ直ぐな物言いに、和夢は思わず息を呑んだ。
「あの三人の見る目……確かにエレナ先輩も、蓮先輩も、明日香さんも素晴らしい人ですからね」
「ああ、そうだな」
鏡華はあっさりと言い切る。
「そもそも君はこの店でトラブルを起こしたことがない。貸しデッキを見た感じカードの扱いも丁寧で、少なくとも適当に雑な仕事をするタイプではなさそうだ。それに、あの三人が信用しているなら、私も信用する」
和夢は返答に詰まった。そんな単純な理由で、とも思うが、言われてみれば鏡華の言葉には理屈が通っている気もする。
「やります! やらせてください‼」
和夢は勢いよく返事をした。もともとバイトを探していたし、カードに関わる仕事なら興味もある。
「よし、決まりだ」
鏡華はわずかに頷くと、カウンターの奥から手書きのリストを取り出して和夢に渡した。
「君の仕事はコモンとアンコモンのカードの仕分けだ。これまでこの店ではレア以上のカードしか通販に載せてこなかったが、最近はネットのデッキレシピを見て、一からデッキを組みたい客が増えている。安いカードの需要も無視できなくなった」
「確かに、パーツ集めって意外と面倒ですもんね」
「そういうことだ。通販用の在庫を確保するために、大量のコモンとアンコモンを種類ごとに仕分けてもらう。単純作業だし、カードの知識があるならそこまで難しくないだろう」
「はい! 頑張らせていただきます‼」
和夢は胸の前で両手をぎゅっと握りしめ強く答える。
「助かるよ。レア以上の仕分けや通販の手間暇でそこまで手が回らなかったんだ」
望んでいた短期のバイト。それも、自分が普段お世話になっているカードショップの手伝いができるなら、いうことはない。そうして和夢の三日間だけのバイト生活が始まるのだった。




