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第79話:もらった勇気を貴方への笑顔に変えて

 受付を済ませ、会場に足を踏み入れると、熱気がひしひしと伝わってきた。


 初心者限定の大会、参加者たちはそれぞれに緊張を抱えているのが手に取るように分かる。広々とした会場のせいか、適度な距離感がありつつも、独特の圧力を感じる。


 会場を見渡すと、テーブルごとに異なる空気が流れているのが分かる。ルールブックを握りしめ、必死に確認している者。デッキを胸に抱えながら、小さく息を吐く者。足を揺らしながらそわそわと視線を泳がせる者もいれば、黙々とシャッフルを繰り返している者もいる。


 緊張しているのは自分だけじゃない。それを実感した和夢は、少しだけ安心した。その瞬間、ひときわ緊張感のない声が耳に入った。


「見ててください師匠! あーし、絶対優勝してくるっすから‼」


「今日は優勝者を決める大会じゃないんだがな。でも、その意気はよし、頑張ってこい、梨央」


 赤いジャケットの二人組、嵐と梨央が話しているのが見えた。嵐は腕を組み、クールな表情を崩さず、梨央は拳を握りしめて闘志を燃やしている。だがそんな熱のこもった梨央だったが、少しだけ伺いを立てるような表情で嵐を見上げる。


「ね、ねえ、師匠」


「なんだ?」


「もし、あーしが全勝したら――ご褒美欲しいっす!」


 勢いよく言い切った梨央に、嵐は少し眉をひそめた。


「……ご褒美?」


「そう! あーし、絶対に負けないっすから。そしたら、その……頭、撫でて欲しいっす!」


 一瞬、空気が止まった。嵐はポカンとした顔で梨央を見つめ、それから呆れたようにため息をつく。


「……何を馬鹿なこと言ってるんだ、お前は」


 その言葉を聞いた瞬間、梨央の肩がガクンと落ちた。


「そ、そんな言い方しなくても……いいじゃないっすか……」


 今にも項垂れそうな梨央の様子に、周囲も少し気まずい空気になった。しかし、次の瞬間――


「ほらよ」


 バサッという音がしそうな勢いで、嵐の手が梨央の頭をガシガシと撫でた。


「え、あ、ちょ、師匠!?」


「こんなことで気合が入るなら、いくらでもやってやる。だから今日は頑張れ」


 乱暴にも見えるその手つきだったが、その言葉は真摯だった。


「……ぅぅ、急にやられると、心の準備が……」


 梨央は顔を赤くし、もじもじと視線をそらした。和夢はその様子を見て、ふと気づく。


(なるほど、そういうことか)


 梨央の「師匠」への想いは、単なる憧れだけじゃない。明らかにそれ以上のものが含まれているようだ。


 そんな二人を見ていると、ふと梨央と視線が合う。梨央はちらりと和夢を見て――次の瞬間、ハッとした表情を浮かべた。


「……っ!」


 和夢の視線が自分に向けられていると気づくや否や、梨央の顔がみるみる赤くなり始めた。さっきまであんなに堂々としていたのに、まるで別人のようにそわそわと落ち着かない様子だ。


「え、あー……そ、そうだ! 受付行かなきゃ!」


 明らかに無理のある言い訳を残し、梨央はくるりと踵を返し、そのまま駆け出していった。


 和夢はポカンとしながら、遠ざかる赤い背中を見送った。


(……分かりやすいな)


 まるで「見られた!」と全身で叫んでいるような反応に、思わず苦笑した。


「まったく、あいつは変なところで子供っぽいことを言うな……」


 嵐はそんな梨央の気持ちには欠片も気づいていない様子だ。溜め息をつきながら、和夢に近づいてきた。


「高坂君、この前は本当にすまなかったな」


「いえいえ、こちらこそバーンについて色々ご指導いただいてありがとうございました」


「うちの梨央も君の半分くらい落ち着きがあればいいんだがな。だが、高坂君のおかげで梨央にはお灸を据えることができた。感謝する」


 嵐は腕を組みながら、ふっと笑った。


「勢いと手なりでプレイしていた梨央に、一呼吸おいて考えることの重要性を叩き込むことができた――梨央の天性の勘の良さは本物だ。二週間前とは別人だと思ってもらって構わないぞ」


 嵐の声には確かな自信が込められている。その声に負けじと、和夢の後ろで三人が声をあげた。


「それでしたら、和夢さんも二週間前とは別人ですわよ」


 真っ先に口を開いたのはエレナだった。彼女は優雅に髪をかき上げながら、嵐に向かって微笑む。


「和夢さんは柔軟に、そして様々な知識を素直に取り込んでいますわ。この二週間、わたくしたちの知見を可能な限り和夢さんに受け渡しましたわ」


 エレナの言葉を受けて、明日香が嬉しそうに言葉を継ぐ。


「それにデッキ構築にもすごくこだわってるんだよ! この環境で自分の『好き』をどう貫くか、すごく考えてるんだから‼」


 明日香の言葉に、蓮が腕を組みながら頷く。


「ま、あたしら三人がいろいろ口を出しはしたけど、それでも最後に決めたのは和夢後輩だ。だから楽しみにしててくれよ、ファイヤーストームのリーダーさん」


 三人の言葉を聞いた嵐はくくっと笑い、合点がいったような顔をした。


「なるほど、君の師匠はその三人か。どおりで面白い構築をしていると思った。最近はキャッスルでは見ないが、噂はかねがね聞いているよ。ヘイヴンでの全勝は素直に感服したよ」


「ありがとうございますわ」


 言葉を交わすと、二人の間に少し重い空気が漂う。しかし、その空気を打ち消すように嵐は明るく声をあげた。


「さって、うちの弟子もそろそろ受付が終わるだろう――高坂君、君の試合も楽しみにしてるぞ。またカードキャッスルに来たときは声をかけてくれ!」


「はい、その時はよろしくお願いします!」


 和夢は胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。その言葉に応えるように、嵐は手を振ってその場から離れていった。和夢は改めて緊張が高まるのを感じる。すると、エレナが柔らかい声で語りかけてきた。


「和夢さん、あまり緊張しすぎないでくださいね。大丈夫ですわ、わたくしたちがついていますから」


「そうだよ、和夢君! 大丈夫、和夢君のデッキにはいっぱいの『大好き』が詰まってるんだから!」


 明日香が明るく声をあげる。蓮も静かに頷き、少し意地の悪い笑みを浮かべる。


「ボロ負けしたらあたし達が慰めてやるよ。だから全力でやってこい」


 その言葉に、和夢は心の奥から勇気が湧いてきた。三人の期待を背負って、彼は静かに頷いた。


「ありがとうございます‼」


 そう言って、和夢は心を決めた。もう一度深呼吸をして、会場の雰囲気を感じ取る。周囲にはプレイヤーたちが集まり、互いに意気込んでいる様子が見える。自分もその中の一人だということを、確かに感じた。


 エレナはそのまま和夢の肩に軽く手を置き、微笑んだ。


「ヘイヴンでの大型大会の時は、和夢さんが傍にいてくれることでわたくしたちは勇気をもらえました。だから今度はわたくしたちの番ですわ――和夢さん、全力で楽しんできてくださいね!」


「――はいっ!」


 和夢がそう返事をすると、店内にアナウンスが入る。和夢はブラックブレイズドラゴンのデッキを握りしめ、大会に挑んでいくのだった。



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