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第77話:当たり前でない幸せ

 激動の日曜日を終えた次の日。生徒会室は週明けの昼下がりらしい穏やかさに満ちていた。


 窓から差し込む光は柔らかく、机の上をやわらかく照らし出す。そこに漂うのは、温かなお弁当の香り。ほんのりと甘く、落ち着いた雰囲気に包まれていた。


「いただきますっ!」


 明日香が元気いっぱいに箸を持ち上げる。その声は小さな部屋の空気を一瞬で明るく変えた。


 隣では、エレナが優雅な手つきでシェフ特製のお弁当を広げる。落ち着いた所作の中にもどこか嬉しさがにじみ出ている。


 蓮はといえば、姿勢を少し正しながら、自作のお弁当の包みを静かにほどいていた。彼女らしい控えめな動作だが、どこか格式があった。


 その三人の姿を、和夢は何気なく眺めていた――はずだった。


「……っふふ……!」


 気がつけば、頬が緩みきっていた。込み上げてくる幸福感を抑えきれず、目尻までくしゃっと下がる。周りが驚くほど、自然に、心の奥から笑みがあふれ出していた。


 そんな和夢を見て、蓮が不審げに眉をひそめる。


「なぁ、えらくご機嫌だけど、どうしたんだ和夢後輩……」


「あっ、顔に出てましたか?」


「それで顔に出てないと思ってたなら、ある意味すげぇよ……」


 慌てて表情を引き締めようとするものの、すぐにまたにへらとだらしない笑顔へと戻ってしまう。まるで抑えが利かない。


 そんな様子に、エレナが少し心配そうに首をかしげた。


「ほ、本当にどうされましたの、和夢さん?」


「いえいえ、なんか僕――すっごく幸せな環境にいるんだなって、しみじみ思ってるんです!」


 その言葉に、三人の手が一瞬止まる。


「それって、こうやって一緒にお昼を食べてることかな、和夢君?」


 明日香が卵焼きを取り皿に分けながら問いかける。


「それもそうなんですけど、全部、全部です――!」


 和夢は背筋をぴんと伸ばし、真剣な眼差しで三人を見渡した。そこに浮かんだ表情は、さっきまでのだらしなさとは正反対の、真っ直ぐで清らかなものだった。


「エレナ先輩!」


「は、はい?」


「蓮先輩!」


「お、おお?」


「明日香さん!」


「う、うん?」


 突然名前を呼ばれ、三人は思わず身を固くする。


 その視線を受け止めて、和夢は一拍置き、真っ直ぐに言葉を放った。


「バロックで、あの最高のお店で……エレナ先輩と蓮先輩と明日香さんに出会えてよかったです!」


 生徒会室に響き渡る、揺るぎない声音。窓から差し込む昼の日差しさえも霞むほどに、その笑顔は力強く、まぶしかった。


 和夢の心に過ぎったのは『可能性』の話。


 もし最初に「バロック」ではなく「カードキャッスル」に足を運んでいたら。もし、そこで心無い言葉を浴びせられていたら――もしかすると今の自分は、こうしてカードを続けられていなかったかもしれない。


 いや、仮に別のプレイヤーと出会えたとしても、この三人以上に寄り添ってくれる存在に巡り会うことは、決してなかっただろう。


 だからこそ、この感謝だけは伝えなければならない。


「一緒にカードをして、一緒にご飯を食べて、一緒に出掛けて、一緒にアニメを見て盛り上がって……僕、三人に出会わなかったら、こんな楽しい時間、きっと知らないままだったと思います。だから――」


 言葉の一つひとつに、胸の奥底からの実感を込める。和夢は三人を見据え、まるで誓うように口を開いた。


「本当に、ありがとうございます! そして、これからもよろしくお願いします!」


 深々と頭を下げるその姿勢は、ひたむきで、ひどく真剣だった。


 三人は瞬時に悟る――きっと昨日、和夢にとって大きな出来事があったのだろう、と。


 しかし、その察しをはるかに上回るほどに、和夢の言葉は真っ直ぐで、そして眩しかった。


「「「~~っ!!!」」」


 そして息を合わせたように、三人の頬が一気に真っ赤に染まっていく。


「あ、改めて言われますと……そ、その……少し恥ずかしいですわね……」


 エレナはカップを持ち上げるも、すぐに置き直し、ぎこちなく指先をいじる。


「お、お前なぁ……そういうの、もうちょっとこう……さりげなく言えねぇのかよ……」


 蓮は眉を寄せ、頬をかきながらそっぽを向く。


「ず、ずるいよ和夢くん‼ そんなふうに言われたら、なんか……こっちが恥ずかしくなっちゃうじゃん……‼」


 明日香は両頬をかぁっと赤らめ、もぞもぞと身じろぎする。


 三人は羞恥に耐え切れず、そろって和夢の肩をポスポスと軽く叩いていく。


「も、もう和夢さんったら……もう……」


「まったく……お前ってやつは……」


「ほんと、だよ……和夢君……!」


 和夢はそんな三人ににこっと笑い返す。


「でも、本当のことですから!」


 屈託のない笑顔が、また場の空気を温めていく。その眩しさに、三人はさらに赤面し、視線を逸らすしかなかった。


 生徒会室に満ちていくのは、むず痒さと温かさの入り混じった、不思議で心地よい幸福感。


 その流れの中で、和夢は――昨日の出来事、そして二週間後に控えた大会のことを、少しずつ語り始めていくのだった。

あとがき

前回の更新で合計文字数が20万字を超えました。

ここまで読んでいただいてる皆様、ブクマや好評価などで背中を押してくれた方々、本当にありがとうございます。

まだまだ和夢たちのお話は続きますので、どうぞこれからもよろしくお願いします。

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