第75話:黒炎を映す
バトルが始まり、数ターンが経過した。
序盤は前の試合と同じく梨央がバーンカードでじわじわとライフを削り、試合の主導権を握っている――はずだった。だが、梨央の胸の奥には、どうにも拭えない違和感が残っていた。
「あーしのターン、レコードをセットして≪フレイムシャワー≫を発動!」
「対応はありません」
「じゃあ、さらに手札から≪フレアエンドレス≫を置いてターンエン――」
「すみません。≪フレアエンドレス≫のプレイに対し≪拒絶≫を発動します」
「ぐっ、じゃあ発動は無効だ。ターンエンドだ」
和夢の的確なカウンターに梨央はぶっきらぼうにエンド宣言をする。それとは逆に、和夢は至って冷静にゲームを進めていく。
「僕のターン、ドロー、レコードをセット。このタイミングで何かありますか?」
「対応はなしだ‼」
「わかりました。では、場のブラックブレイズで攻撃します。攻撃に対して対応は?」
「だからないっての!」
「でしたらターンエンドです」
梨央はイライラした様子でカードを引く。そしてそのイラストを見た瞬間、口角をにやりと歪ませた。
「あたしは≪フレアエンドレス≫を発動だ。さあ、どうする!」
「……通ります」
「なっ、はあ⁉」
期待していた妨害が来ない。梨央は奥歯を噛みしめた。
(なんだよ……さっきまで素人丸出しでおどおどしてたのに、この試合じゃ通したいカードだけきっちり止めやがる)
普段なら、勝つにせよ負けるにせよ試合はとっくに終わっている。だが今回はターンが重なり、盤面は何度もひっくり返された。
(……いや、これはもう妨害は全部吐ききってるってことだ。なら予定通り、このターンで決める)
「あーしは墓地の火力カードの数だけコストを軽減して、手札から≪フレイムファングビースト≫を召喚だ! 【速攻】持ちのフレイムファングビーストでアタック!」
「ブロックできるモンスターはいないので、通します」
「よっしゃ、これで終わりだ! 高コストモンスターのファングビーストをコストに≪デストラクションエクリプス≫を発動!」
梨央の声と同時に、和夢の手が静かに動く。カード同士が擦れる乾いた音が響いた。
「僕は手札から≪ブラックブレイズカウンター≫を発動。カードの効果を無効にし、破壊します」
「ちっ! 命拾いした」
梨央は舌打ちをし、手札をちらりと見た。
(大丈夫。あーしの手札にはインフェルノボルトがある。次のターン、中コスト以上の火力を引ければそれで勝ちだ)
ブラックブレイズドラゴンが出るまでほぼ無傷だった梨央は、その優位を確信していた。
(……それに今のはプレミだ。万能カウンターはファングビーストの召喚に撃つべきだったな)
ファングビーストの攻撃が通った分、確実にキルターンは迫っている。
だがそんな絶体絶命の中で、和夢は初めて肩の荷を下ろしていく。
「……ふぅ~~」
和夢は目を閉じ、深く息を吐き出す。そして、真っすぐに梨央の方を見た。
「これで紅月さんはもうコストを払えない……やっと準備が整いました」
「はぁ、何の準備が整ったんだ? ここからネオブラックブレイズを出されたって、あーしのライフは削りきれないし、≪ブラックブレイズブラスト≫だって、相手のモンスターがいなけりゃ発動できないだろう。それに高坂のデッキにバーンは入ってないんだよな!」
「はい、だからずっと待ってたんです。紅月さんがすべてのレコードを使って、あのカードを出す時を――僕のターンドロー!」
そのドローする音は、これまでの長い試合の空気を断ち切る合図のようだった。テーブルの上の空気が一瞬で張り詰める。
「僕はブラックブレイズドラゴンで攻撃します」
「ライフを減らすぞ」
「ではさらに――僕は手札から≪双影の鏡≫を発動します!」
和夢が差し出したのは、カードが特有の輝きを放つOARカード。そのカードを見て梨央は「はあっ⁉」と声を上げる。
「そ、双影の鏡だって⁉ それって今回の弾のハズレアじゃねえか‼」
「僕にとっては初めて当てた大切なカードです。双影の鏡の効果で、相手の墓地のモンスター以外のカードの効果をコピーします。対象は≪デストラクションエクリプス≫。僕は高コストモンスター、ブラックブレイズドラゴンをコストにして、紅月さんのライフに直接ダメージを与えます!」
「ぐっ、ううぅーーー⁉」
コピーされた必殺の火力が、梨央のライフを容赦なく削り切る。和夢はカードを丁寧に束ね、軽く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「うううううううっ、なんでよぉっ‼」
拳を握り、腕を振り回す梨央。その顔は真っ赤に染まり、完全に子供のような怒り方だ。
「さっきはあーしの圧勝だったのに! ムガアァッ! ありえない、ありえない‼」
荒い息を吐きながらも、視線は和夢から外れない。
「もう一回、もう一回やるぞ‼」
その瞬間、背後から重めの足音が近づく。
指ぬきグローブをはめた大学生ほどの男が早足で現れた。黒のタンクトップに深紅のライダースジャケット、ダメージジーンズに無骨なエンジニアブーツ。
荒っぽい雰囲気をまといながらも、その立ち姿には不思議な風格が漂っていた。




