第74話:大切な三人の証明、僕はデッキを変える
梨央の言葉は、本当に悪意のない純粋な心配から出たものだろう。彼女の顔には、からかいや軽蔑の色は一切ない。むしろ、心底和夢を案じている気持ちが溢れ出していた。それが伝わるからこそ、和夢は余計に許せなかった。
(プレイングが未熟だと言われるのは、僕のせいだ。ブラックブレイズドラゴンの可能性を引き出せていないのも、僕の勉強不足が原因だ。それは間違いない。だけど……!)
心の中で反論が生まれ、怒りが膨れ上がる。エレナ、蓮、明日香――和夢にとって、彼女たちの存在はかけがえのないものだった。
友達。右も左もわからない自分を受け入れてくれた人たち。そして、和夢にカードゲームの楽しさを教えてくれた人たちだ。
(僕のせいであの三人を悪く言われるは絶対に違う……‼)
和夢は両親の意向で、幼い頃から塾に通わされ、勉強漬けの日々を送っていた。家族とはどこかそりが合わず、友達を作る時間も、機会もなかった。唯一の救いは神崎美咲に貰ったブラックブレイズドラゴンといつかLRをプレイするという希望だけだった。
高校に入って、初めて触れた自由の中で、和夢は三人に出会った。ほぼ同年代の彼女たちは和夢に「友達」という言葉の意味を教えてくれた。孤独だった日々を埋めてくれた恩人たちだった。
その彼女たちを、何の悪気もなく侮辱される。和夢の胸の奥で湧き上がった怒りは初めて経験するものだった。それ故、和夢はその感情をどう扱えばいいのかもわからなかった。ただ、収める術もないまま、和夢は梨央の顔を見据えた。
和夢はブラックブレイズドラゴンのデッキをケースにしまう。
「紅月さん、もう一度だけ戦ってくれませんか」
真正面から向き合い、和夢は静かに言った。
「おうよ! 何度だって燃やしまくってやるぜ‼」
梨央は即答する。その勢いに、和夢は小さく息をついた。
「……ありがとうございます」
そう言ってカバンを開くと別のデッキケースに手を伸ばす。そこには、ルミナスルート、エデングリーン、機神結界の三つの環境デッキが収められていた。
(この三つならどれを使っても紅月さんに勝てる……僕が三人の凄さを証明するんだ)
勝つことは確信ではなく、確定事項だった。和夢は最も有利なデッキを選び、ケースを抜き取る。そしてブラックブレイズドラゴンのデッキケースを鞄に戻す。その瞬間だった。
——パラリ。
確かに蓋を閉じたはずだ。だがブラックブレイズドラゴンのデッキケースからカードが滑り落ちていった。
「――――えっ⁉」
鞄の中に散乱していくカードを、和夢は慌ててかき集める。しかし、その手はどこかぎこちない。
(くそ……僕は何をやってるんだ……ごめん、ブラックブレイズドラゴン……)
指先でそっとカードを拾い上げながら、心の中で呟いた。カードの端を撫でると、ふと三枚のブラックブレイズドラゴンがこちらを見ているような気がした。
その視線は責めるでもなく、ただ静かに「どうしたいのか」と問いかけてくるようだった。胸の奥に小さな痛みと温かさが同時に広がっていく。忘れていた何かが、確かにそこに息づいていた。
そして、思い出す。このカードを手にしたあの日のことを。三人が自分に託した想いを。
和夢はあの日、三人にかけてもらった言葉をそっと口にする。
「ブラックブレイズドラゴンは、かっこよくて素晴らしく、戦術的に戦えて、可愛い仲間もいる最高のカード――ですよね!」
三人の言葉が和夢の背中を強く押していく。和夢は大きく息を吸い込むと、深く深く吐き出していった。
(そうだ、そうだよ。僕は……勝ちたいからLRを始めたわけじゃない。大好きなカードを使いたいから、このLRを始めたいと思ったんだ)
心の奥底に沈んでいた思いが、はっきりとした輪郭を持って浮かび上がる。
(何が「三人を悪く言わせない」だ……! 僕が今しようとしていたことのほうが、よっぽど三人との日々を侮辱しているじゃないか……‼)
和夢はバシンと両頬を叩いた。響く音とともに、迷いが払拭されていく。
「お、おい、何やってるんだ、高坂?」
梨央が驚いたように目を丸くする。
「ちょっと、いろいろと思い出してたんです」
そう言って、和夢は微笑んだ。そして、意を決したように口を開く。
「すみません、サイドデッキとカードを交換してもいいでしょうか」
「おう、もちろんだ!」
「ありがとうございます」
和夢はデッキのカードを整えると、サイドデッキに手を伸ばした。今、この瞬間にできる最善を尽くすために。
もう迷わない。自分の「好き」を貫くために。そうして和夢は、デッキの中身を変えていくのだった。




