第73話:初めての感情、この胸に黒く渦巻いて
試合が始まるとまずは梨央が仕掛けてくる。
「あーしのターン、レコードをセット! 手札から≪フレイムシャワー≫を発動! 対象は相手ライフ!」
「す、すみません。初めて見るカードなんで効果の確認いいですか?」
「……えっ? 初めて?? おお、じゃあどうぞ」
梨央は少し困惑した表情でカードを渡してくる。和夢は手に取ってテキストを確認した。そこに書かれている効果はいたってシンプルだった。『相手のライフかモンスターにダメージを与える』それだけだ。
(……これはバーンデッキか!)
このタイプのデッキにはこの二ヶ月触れていなかったため、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
(このデッキタイプはお姉さんと戦った時に使ったことがある。というかお姉さんのバーンデッキと言ったらそれは――)
ターンが和夢に返ってくると、彼はレコードをセットしてからターンを終えた。梨央は自分のターンが来ると迷いなく火力を叩き込んでくる。
「コスト払って≪インフェルノボルト≫を発動! 当然対象は相手ライフに‼」
「入ります」
「ターンエンド!」
再び和夢のターンが回ってきた。和夢は手札を見つめるが、梨央の速さについていけるカードはなかった。焦りながらも、和夢はできる限りの行動を重ねていく。
そして梨央のターン。
「コストを払って≪フレアエンドレス≫を場に置く! 互いのプレイヤーはターンの終了時にライフにダメージを受ける。これでターンエンドだ!」
「えっ、あっ……はい、ターンをもらいます……」
梨央の速いプレイに、和夢はさらに焦りを感じていた。LR復帰後初めての対戦パターンで、じっくり考えるべきなのに、急かされるようにカードを出していく。
(し、しまった。ここは悠長に≪ブラックブレイズ飛空隊≫を置いてる場合じゃないのに⁉)
焦りはミスを生む。そんな和夢の様子に梨央はまた少し困惑した顔を見せる。
「あれ、それって本当にブラックブレイズデッキなんだよな? まあいいか。あーしは墓地の火力カードの数だけコストを軽減して、手札から≪フレイムファングビースト≫を召喚だ! ≪速攻≫持ちのフレイムファングビーストでアタック!」
「ベビーブラックブレイズでガード、破壊されます!」
和夢の場に残っていた唯一の防御が破られる。しかし攻撃の手は緩まらない。
「まだあーしのターンは終わらねえぞ!」
そう言って梨央は勢いよく手札を場に叩きつける。
「高コストモンスターのファングビーストをコストに——≪デストラクションエクリプス≫を発動! 対象はもちろんライフ、これでお終いだ!」
和夢のライフポイントが消え、試合は決まった。
「…………負けました」
「ふぅーっ、楽勝だな! ありがとな、高坂!」
試合終了後、梨央は大きく伸びをしながら満面の笑みを見せる。和夢は苦笑しながら軽く頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。正直、全然歯が立たなかったですけど……」
その言葉に梨央は「だよなー!」と無邪気に頷いた。その反応が胸に少し刺さる。何もできなかった自分を突きつけられた気分だったが、これが今の自分の実力なのだと受け入れるしかなかった。
そんな中、梨央は机に残ったカードに視線を移し、ふと和夢の切り札――ブラックブレイズドラゴンを指差す。
「けどさ、高坂。ちょっと気になったんだけど……そのデッキ、バーン型じゃねえの?」
「そ、それは……はい」
和夢は短く答えた。すると七年前の記憶がよみがえった。神崎美咲と出会い、共に過ごした日々。始まりのデッキはバーン型のブラックブレイズドラゴンだった。
しかしエレナや蓮、明日香とプレイするようになってからは、すっかりそのスタイルは頭の片隅へ追いやられていた。
梨央は純粋に不思議そうに話を続ける。
「いやだって、ブラックブレイズって言ったら元祖バーンデッキだろ?」
和夢の反応に気づかず、梨央はスマホを取り出して画面を操作し始めた。数秒後、「ほら」と言いながら和夢に画面を見せる。そこには二年前に開催された店舗大会の結果と優勝デッキのレシピが映っている。
「これ見てみろよ。かなーり前だけどバーン型ブラックブレイズが優勝してるんだよ」
梨央は関連情報を次々と見せていく。和夢は興味深そうに覗き込む。
「こういうの……ネットに載ってるんですね……」
「はぁ?」
梨央はその一言に固まり、呆れ顔で和夢を見た。
「いやいやいや、高坂、マジで? こんな情報、普通に誰でも知ってるだろ? みんなデッキ組むときとか研究してるぜ?」
「す、すみません。二ヶ月前までスマホを持ってなかったもので……」
申し訳なさそうに言葉を紡ぎつつ、和夢は心の中で自分のブラックブレイズドラゴンに謝った。もっとしっかりデッキを構築できていれば。もっと落ち着いてプレイできていれば。こんな物言いをされることもなかったのに、と。
そんな和夢の様子に構わず、梨央は軽くため息をつくと、さらに問い詰めてきた。
「スマホの件はそうだとしてもだ。普段、誰とカードゲームやってんだよ?」
少し困った顔を浮かべた和夢が答える。
「えっと……学校の友達ですね」
「LR歴は長いのか?」
「はい、かなり長いと思います」
「それおかしいだろう! その友達はいったい高坂に何を教えてるんだよ! お前もっと友達は選んだほうがいいぞ!」
――その言葉を聞いた瞬間、和夢の中で何かが鋭く弾けた。




