第66話:可愛いは最強の構築論
次の日の放課後のバロック。今日は先日とは違い、和夢と明日香の二人きりだった。
明日香の場には、たくさんのカワケモが並んでいる。その可愛い群衆に向けて、和夢はカードを発動した。
「このタイミングで全体除去を使います。対応はどうでしょうか?」
「対応は……ありません!」
「僕はモンスターから『装甲』カウンターを取り除き、破壊を無効にします。そして『超鋼機神エルヴァンディア』でアタックします」
「ま、負けました! ありがとうございました!」
明日香は大袈裟にワーッと両手をあげ降参のポーズを取ると、そのままテーブルに突っ伏していった。
「うぅ~、やっぱり全除去は辛いな~」
「前期からいた『エデングリーン』に加え、今回から大量展開の『ネクロヴェール・リザレクション』も加わりましたからね。全体除去はこの二つのデッキに構えつつ『ティタノス・アセンション』もある程度見れます。そして今使ってた『機神結界』は破壊耐性持ちで全体除去を強く使える。これからの構築は採用が多いかもしれませんね」
「そうだよね~、そうなるよね~。あぁ~、私もデッキの新しい構築考えないとな~」
明日香はそう言って鞄の中からカードファイルを取り出す。その動きに和夢の視線が自然と引き寄せられた。
淡いピンクを基調にした表紙にはキラキラと光るラインストーンが散りばめられており、ふわふわのリボンがアクセントになっている。ファイルの端にはカワケモを模した小さなチャームがぶら下がっており、まるで明日香の『好き』がそのまま形になったようなデザインだ。
和夢の視線に気づくと、明日香は少し首をかしげて「えへへ、そんなに見られたら照れちゃうよ~」と甘えたように笑った。
「明日香さん、そのファイル凄く可愛くしてありますね!」
「ふふーん、そうでしょそうでしょ! これ、私のお気に入りなんだ~」
得意げに片目を細めてウインクする。声には自信と無邪気さが混ざり合い、思わず和夢の頬も緩んだ。
「でもそこまで装飾していると扱うのが大変じゃないですか? 壊れたりとか……」
「私も初めはそう思ったけど、これが使い込むほどに愛着が湧いてくるんだよね~。それに、私の大好きな可愛いの居場所は、やっぱり最高に可愛いじゃないとね! 和夢君も一緒に見てみる?」
「はい、もしよろしければ」
和夢がそう答えると明日香は席から立ち上がる。そして「どーん!」と言いながら和夢の隣に座り込んだ。肩と肩が密着すると和夢は恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。
「そ、そのまま対面でも大丈夫でしたけど」
「でもこっちのほうが見やすいよね? ほらほら和夢君もファイルを持って」
「は、はい」
押し切られるように和夢はカードファイルの片側に手を添える。二人でファイルを持っている都合、距離を取ることも出来なくなってしまった。和夢は顔が熱くなるのを感じながら続ける。
「あ、明日香さんって誰とでも結構距離感が近い感じなんですか?」
「うん? ううん、全然そんなことないよ??」
「えっ、でもあの……」
「それよりも早くファイルを見よ。珠玉の可愛いカードがいっぱいなんだから。ほらほら、ここがイラストやレアリティ違いのカワケモゾーンだよ」
明日香がファイルをパッと開く。その中には彼女の個性がぎゅっと詰まったカワケモたちがズラリと並んでいた。
「凄い⁉ こんなに種類があるんですね! しかもカードごとにスリーブも違うなんて、凄いこだわりです!」
和夢が指を動かしながら感心すると、明日香は得意げに胸を張る。
「でしょでしょ! ファイリングにも妥協はなしだよ!」
明日香は嬉しそうにカードを一枚一枚見せながら言った。
「これ、限定版のレアもの! あ、こっちはパックで引いたやつでね、初めて見たときは可愛すぎて思わず声がでちゃったよ」
明日香はときどき顔を上げては、まるで秘密を共有するかのように和夢に目を合わせ、小さくはにかんでみせる。
そんな明日香の姿に、和夢は胸の奥がほんのりと温かくなるのを感じた。
「それはさすが明日香さんらしい反応ですね」
和夢は笑いながらも、その気持ちがわかるように頷いた。
和夢は改めてファイルのカードに目を向ける。そこには整然と並んだカードが収められている。そして絵柄違いのカワケモ以外にも色とりどりのカードが輝いていた。
カード一枚一枚に込められた愛情がひしひしと伝わると、和夢は自然と顔をほころばせていた。
「……やっぱり本当に凄いですね」
「そう! ここにいる皆は可愛いでいっぱい輝いてるんだよね!」
明日香は自慢げにカードを一枚取り出し、光に当ててキラキラと反射する様子を見せる。そんな純粋のカードを可愛いを褒めている明日香を見て、和夢はうんうんと頷いていく。
(カードのことじゃないんだけど……でも、そういうところもまた明日香の凄いところなんだろうな)
そんな和夢の心など知る由もなく、明日香はファイルをめくりながら頭を悩ませ始めた。
「う~ん、どれにしようかな~」
「全除去対策ですか?」
「対策カードはある程度当たりはついてるんだけど、どの子のどのイラストを使ってあげようか悩んじゃうんだよね~」
明日香はファイルをパラパラとめくりながら頭を抱えた。
しかし、その顔には楽しそうな笑みが浮かんでおり、カードを構築する時間そのものを満喫しているようだった。
「僕なんかは構築するとき、いつも眉間に皺を寄せちゃいますけど……明日香さんは本当に楽しそうに構築しますよね」
「もちろんだよ! 私にとってデッキ構築はただの勝負の準備じゃないからね!」
明日香はファイルを閉じ、少し上を向きながら語り始める。その声には芯の通った力強さと、どこか楽しげな響きが混じっていた。
「私のデッキは、私の好きな『可愛い』でいっぱいにすることが一番大事だからね! カードゲームは勝つことももちろん大事だよ。だけど私にとっては好きなカードを好きなだけ詰め込めるかも大事なんだよね!」
明日香はファイルを胸元に抱え込み、眩しいほどの笑顔を浮かべた。その姿に和夢は自然と心が引き込まれていくのを感じる。明日香はそのまま想いを語る。
「それにね。どんなに負けが込んでも私の『最高に可愛い』デッキなら、何度でも立ち上がれるんだ! だってこの子たちが頑張ってくれる姿を見るだけで、私もまた頑張ろうって思えるから!」
明日香はそう言ってデッキから一枚のカードを取り出す。それは《血に飢えた白獣》のカードだった。
「だからね、それを思い出させてくれた和夢君には本当に感謝してるんだ。改めて……ありがとうね和夢君」
「僕はあまり何もしてませんけど……でも少しでも力に慣れたのなら嬉しいです」
「ふふっ、そういうところほんと和夢君らしいよね♪」
明日香はそう言って白獣をデッキに戻す。そして再びファイルを開くと、お目当てのカードのページで手を止めた。
「ほらほら、この子、すっごく可愛いでしょ~≪プリズム・ガーディアン≫っていうんだ」
と言って明日香はカードをテーブルに置くと話を続けた。
「この子は場から墓地に送るとそのターン他のカード一枚に破壊耐性をつけられるんだよね」
「―――なるほど、状況に合わせてカワケモの騎士かカワケモ救援隊を生かせば、次のターンで再び大量展開が出来るわけですね」
「もちろん場に出てる分、奇襲性は薄いけど。だけど逆に見えていることで相手にプレッシャーを与える! って感じかな」
明日香はそう言ってプリズム・ガーディアンを見つめると、さらに他のカードにも目を向ける。
「あ~、でもこれ入れるとなると、他のプリズムシリーズも入れたくなっちゃうな~」
そう言いながら明日香はファイルをめくる。その中には、他にもキラキラと輝く『プリズム』シリーズや、愛らしい絵柄のモンスターが並んでいた。
「カワケモだけじゃなくて、こういう子たちをうまく組み合わせて、全体除去を突破しつつ可愛いで埋め尽くす! そんな私だけの最強の可愛いデッキを作っていきたいよね!」
明日香の表情は真剣そのものだったが、どこか楽しげな輝きも含んでいた。その姿に、和夢は思わず笑みを浮かべた。
(……僕もしっかり見習わないとな!)
明日香は明るく笑いながらファイルを両手でめくっていく。彼女の手元には、彼女の信念と愛情がたっぷり詰まった「可愛い」が溢れていた。
彼女に負けじと和夢はブラックブレイズデッキをテーブルに広げ、一枚一枚丁寧にカードを手に取り並べていく。
「僕ももっと構築を見直してみますね!」
「うん、その意気だよ和夢君!」
そう言って和夢は真剣にカードと向き合っていく。そんな和夢の集中した表情には、勝負への強い意志と、確かな成長が見て取れた。
その真剣な横顔に明日香がチラリと視線を向ける。
普段は見慣れた和夢の柔らかい顔つきとは違い、今はカードゲームに真摯に向き合うプレイヤーの姿そのものだ。静かな決意が滲み出ている姿に、明日香の心は少しざわついた。
ふと、明日香は自分でも気づかないうちに、少しだけ息を呑んでいることに気づく。そして慌てて視線を逸らした。
その気持ちはすぐに切り替えられず、明日香はバインダーを持ち上げて顔の半分を隠す。そして頬の高鳴りを隠していくのだった。




