第62話:才能
和夢の説明が一通り終わると、蓮が腕を組み、小さく「ふむ」と唸ってから頷いた。
「まあ……そういうことなら納得だな。と言うか、昨日は大冒険だったんだな、和夢後輩」
どこか愉快そうな口調に、和夢は思わず苦笑を浮かべる。
「本当に大変だったんだね、和夢君! でも、和夢君のおかげで本当に助かったよ‼」
明日香はぱっと表情を明るくしながら力強く頷き、軽く和夢の肩を叩いた。その瞳にはもはや疑念の影など一切なく、むしろ彼を労うような温かさが宿っている。
「和夢さん、わたくしもおじい様が少々突飛な行動をする方だと理解しておりましたが、まさかそこまで巻き込まれていたとは……感謝しておりますわ」
エレナもどこかバツの悪そうに頬へ手を添え、申し訳なさげな様子を見せた。普段の凛とした態度を和らげるその仕草に、彼女の誠意が滲んでいる。
「いえ、全然大丈夫です! 助けるつもりというよりは、たまたま流されてそうなっただけですし……」
和夢は慌てたように手を振り、どうにか場を和ませようとするが、その控えめな姿勢に明日香は優しく笑いかける。
「でも、和夢君のおかげでみんな助かったんだよ。だから、もっと胸を張っていいと思うよ!」
「ぼ、僕がそんな……胸を張るなんて、大したことはしてないですって!」
和夢は照れたように肩をすくめ、小さく縮こまる。まるで褒められた子どもそのものだった。両手をオロオロと振る姿に、どこか微笑ましさがこみ上げてくる。
そんな彼を見つめていた蓮は、ふっと口元を緩める。
「確かに、トラブルに巻き込まれたのは偶然かもしれない。でも、それにしっかり対応したのは和夢後輩の意思だ。本当にありがとな」
真剣な眼差しで語られるその言葉に、エレナもそっと笑みを浮かべながら続ける。
「ふふ、わたくしも和夢さんには感謝の気持ちしかありませんわ。今後ともよろしくお願いいたしますね」
三人のまっすぐな言葉に、和夢は驚きと戸惑いをないまぜにしたまま、けれどしっかりと頭を下げた。
「は、はい、皆さんの期待に応えられるように頑張りますね……!」
柔らかな空気が場を包み込み、全員の表情がどこか緩んでいく。そんな中、エレナは覚悟を決めたような顔で声を上げる。
「そうですわ和夢さん。昨日のお礼をしたいのですが、何か希望はありますか? わたくし、和夢さんのお願いでしたら何でも叶える所存ですわ!」
胸を張ってそう告げるエレナの言葉に、蓮と明日香は思わずやれやれといった表情を見せる。そんなやりとりの中、和夢は目を輝かせながらデッキを取り出した。
「それじゃあ、この前貸していただいた環境デッキでバトルしてください! もう早く回したくてワクワクしてたんです‼」
まるで宝物を抱える子どものように、和夢は声まで弾ませる。そのあまりの勢いに、エレナは一瞬キョトンとした顔を浮かべる。そして何度か瞬きを繰り返してから、ようやく口を開いた。
「え……環境デッキでバトルですの……? わたくし、もっとこう……特別なお願いをされるのかと思っておりましたのに……」
戸惑いの混じった声に、和夢は首をかしげたが、すぐにまた目を輝かせて返す。
「特別ですよ! 先週からずっとデッキを回したくてうずうずしてたんです‼」
それを聞いていた蓮が、肩を震わせてこらえきれずに笑い出す。
「……ぷっ、あははっ! そういうことだ。早くデッキを用意してやれよ、エレナ」
その笑い声に引き込まれるように、明日香も口元を押さえながら弾けたように笑い出す。
「ふふっ、あははは! さすが和夢君、ブレないね。本当に和夢君は和夢君だね~!」
屈託のない笑い声が部屋に響くなか、一人きょとんとしたまま首を傾げる和夢。その様子にエレナもふっと力を抜いたように微笑んだ。
「……それが和夢さんの願いなら喜んで。ただし、手加減はいたしませんわ。全力で参りますから覚悟してください!」
「ありがとうございます! 僕も全力で挑みます!」
嬉しさを隠しきれない和夢の表情に、エレナも自然と笑みを返す。その様子を見守る蓮と明日香も、心から安堵したような表情を浮かべていた。
◆
バトルはすでに終盤に差しかかっていた。エレナの場には《アルティメットクリアシャインドラゴン》が堂々と構え、盤面を強固に支配している。
だが和夢はそれを前にしても動じることなく、落ち着いた手つきで一枚のカードを引き、静かに宣言した。
「いい所を引きました。僕は《黎明の道標》を発動。これにてコンボを走らせます」
「対応は……ありませんわ。ありがとうございました」
「……ふぅ〜〜、ありがとうございました」
エレナの言葉を受けてゲームが終了すると同時に、和夢は安堵の息を漏らす。全身の力が抜けたように顎を机に乗せたその姿には、緊張から解放された素直な疲労が滲んでいた。
「ドローで道標を引けて何とかなりましたけど、やっぱりクリアシャインのライフの詰め方は凄いですね。先攻じゃなければそのまま負けてましたよ」
「……凄いのは和夢さんの方ですわ」
エレナの返答に、和夢は慌てたように首を振りながら言葉を続ける。
「いやいやほんとたまたまですって。それに強いのは僕ではなくこの『ルミナスルート』デッキですって。回せば回すほどデッキビルダーって本当に凄いんだなーって思い知らされます」
ブラックブレイズデッキの分厚さを思い出しながら、和夢は謙遜ではなく本心からそう口にした。しかし、エレナの言葉もまた謙遜ではなく本心であった。
「たった一週間でここまでルミナスルートを自在に回せるようになっているとは驚きましたわ。このデッキはコンボ完成までのルートがたくさんありますのに」
「それも、先週みなさんが丁寧に教えてくれたおかげですよ」
「それは……そうなのですが」
何か釈然としない様子を見せながら、エレナは視線を蓮と明日香へと向けた。すると、二人は目を丸くして和夢を見つめていた。まるで思わぬ事実に気づいたような、驚きの表情だった。
「二人ともどうされましたの?」
「どうもこうもねえよ。和夢後輩、確か昨日あたしの家で『機神結界』を回してたよな! あれはどこで練習してたんだ!?」
「えっ? もちろん家でですけど??」
突然の問いかけに和夢は首を傾げながら答える。
「和夢君、私とのバトルの時は『エデングリーン』を回してたよね!」
「は、はい、そうですね…………??」
次々と投げかけられる質問の真意がつかめず、和夢は戸惑いの表情を浮かべた。だが、その意図を悟ったエレナが、重ねて確認するように口を開いた。
「いまの試合、わたくしは一勝二敗でしたわ」
「あたしは四度やって二回負けだ」
「私は…………三戦やって全敗でした……」
三人は互いに顔を見合わせたあと、一斉に和夢へと視線を向ける。突き刺さるようなその視線に、和夢はうろたえながら「えっ、えっ」と慌てたように手を振った。
「そ、それは僕が皆さんのデッキを知ってるからですよ。皆さんのデッキはユニークビルド、構築が秘匿されているのが強みですし」
言葉を搾り出すように口にしたが、それでも三人の反応はどこか納得しきれていない様子だった。
「それは和夢君の言う通りなんだけど……う〜〜んでも何かが違うと言うか何と言うかなんだよね」
明日香が眉を寄せながら口を尖らせて考え込む。すると蓮が、ふと何かを思い出したように手を上げた。
「そういやよ。和夢後輩は七年前に三ヶ月間神崎美咲とバトルしてたって言ってたよな」
「はい、そうですね?」
「高校に入ってからまたLRを再開したって言ってたけど……結局後輩はいつからいつまでLRをプレイしてたんだ?」
蓮の問いに、和夢はぽかんとした顔で答えた。
「えっ、あの、質問の意味がよくわからないのですが?」
「言葉通りの意味でいいんだ」
「えっとそういうことなら……僕のプレイ歴はお姉さんと遊んだ三ヶ月とこの二ヶ月の計五ヶ月ですね」
そのあまりにあっさりとした答えに、三人は言葉を失い、わずかに息を呑んだ。蓮は口をパクパクさせながらようやく言葉を絞り出す。
「つ、つまり七年前の化石みてえな環境以外では一切カードに触れてこなかったのか?」
「化石ですか? は、はい、そうなります。だから初めの頃は本当に迷惑をかけました。特にエレナ先輩には最初は手取り足取り教えてもらいましたし……」
そう言って、和夢は素直に申し訳なさそうな表情を浮かべ、エレナに向かって頭を下げた。
その姿を見たエレナは、何か言葉をかけようと一歩踏み出しかけたが――蓮がそっと手を伸ばし、その肩に触れた。
エレナが目を向けると、蓮はゆっくりと首を横に振った。口には何も出さず、ただ静かに目で伝える。
その意図を汲み取ったエレナは、しばらく黙り込んだ後、そっと頷いていくのだった。




