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第5話:この世界は、出会いでできている

 放課後。和夢は教科書を鞄に仕舞いながら、バロックでのことを思い出していた。


(三回とも思いっきりLRをプレイさせてもらった。本当に最高の時間だったけど……僕も自分のデッキが欲しいな~~)


 三者三様の軸のあるデッキと戦い、和夢のデッキビルド熱は最高潮に達していた。

(協力してくれるって言ってくれたエレナ先輩に相談したいけど……でも生徒会長で忙しいんだろうな~)


 とりあえずしばらくはバロックに通おう。そう思って廊下を歩いているといきなり手首が掴まれる。


「えっ、あ、あれれっ⁉」


 階段の隅に引っ張られ和夢は思わず声をあげそうになる。だがサラッとした金色の髪が視界に映ると、その声を飲み込んだ。


「しぃー、ですわ」


 エレナは唇に指を当てるといたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「えっ、あっ…………エレナ先輩?」


「はい、エレナ先輩ですわ。ささっ、こちらについてきてください」


 そう言ってエレナは和夢を導くように先に進む。あまりの唐突さに和夢は目が点になる。


「と、とにかくついていこう」


 訳も分からずエレナについていく。昇降口から真逆の方向に進むと、徐々に生徒の姿も見えなくなっていく。学校の端までつくと、そこには『生徒会室』のプレートが付けられていた。


「さあ、こちらですわ」


 エレナが生徒会室の扉を開くので、和夢は言われるがまま中に入る。まず目に飛び込んでくるのは、中央に置かれた長机だ。机の周りには、使用頻度の高そうな椅子がいくつか置かれていた。


 壁際には書類が積まれた棚やホワイトボードがある。棚の一角には電気ケトルが置かれ、すぐ隣には紅茶やコーヒーのセットが並んでいた。


「和夢さんはコーヒーと紅茶とココア、どれがお好みですか?」


「じゃ、じゃあココアでお願いします」


「はい、少々お待ちくださいね」


 長い髪をなびかせエレナは手際よく準備をする。その所作には気品が溢れていた。テーブルに置かれたコーヒーは、その香りだけで別格であると理解できた。


(エレナ先輩って本当に正真正銘のお嬢様なんだな)


 言葉にされるまでもなく、その立ち振る舞いが全てを物語っていた。あの日バロックで青い顔で狼狽していた彼女は幻だったのではと思うほどだ。


 そんなふうにエレナに見ていると、彼女は深々と頭を下げてきた。


「本当にごめんなさい、和夢さん」


「えっ、何がですか⁉」


「和夢さんのデッキ構築の相談に乗ると言ってましたのに、生徒会の仕事が立て込んでなかなかバロックに行けなくて」


「そんなこと全然気にしないでください。生徒会長のエレナ先輩が忙しいのは当然のことですし」


「そう言ってもらえると助かりますわ」


 そう言うとエレナは柔らかい笑みを浮かべる。彼女の笑顔を見ると、なぜか不思議と心が温かくなった。


「ふふっ、それでですね。和夢さんが良ければ今度の日曜日にバロックでデッキづくりをいたしませんか?」


「えっ、いいんですか‼」


 和夢は少年のように目をキラキラと輝かせる。だがワンテンポ置いて少しだけ冷静になる。


「でも大丈夫なんですか? 生徒会の方かなり忙しいみたいですけど」


「それは大丈夫ですわ。今日の資料作りが終わればあとは…………あっ」


――――ドォン! 


 会話を遮るように思いきりドアが蹴られる。二人はビクッと飛び跳ねそちらを見ると、扉越しに低い怒鳴り声が放たれた。


「……おい、エレナ。今日は職員室に資料取りに行くんじゃなかったのか」


「す、すっかり忘れていましたわー!」


「とにかく扉を開けろ。二人とも資料で手が塞がってるんだ」


「申し訳ございませんわー!」


 エレナ先輩はあたふたと狼狽しながら扉へ向かう。もしかしなくても、ちょっとおっちょこちょいなところがあるようだ。


(あれ、僕はここにいていいのだろうか?)


 部外者がいることをどう説明したらいいのだろうか。ティーカップを持つ和夢の手がカタカタと揺れる。だが時間は待ってくれない。エレナが扉を開くと、両手に資料を持った二人の女子生徒が入ってきた。


「あたし達にプリント運ばせて、優雅にティータイムってわけか」


「本当に申し訳ありませんわ」


「まあまあ、落ち着きましょうよ。二人でも十分持てる量だったわけですし」


 三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。そんな三人がある程度会話を終えると、二人の視線が和夢に向けられる。エレナは和夢の隣に立つと、その手を差し向けた。


「まずはお二人にご紹介しておきますわね。ここにいる彼のお名前は」


「……和夢後輩じゃねえか」


「あれ、和夢君どうしてここに?」


「あらっ?」


 エレナが不思議そうな顔で小首をかしげる。和夢は立ち上がると二人の顔をまじまじと見つめる。


「蓮先輩に明日香さん?」


 そうしてバロックで懇意になった二人の女性の名前を口にするのだった。


 和夢を含めた四人は席に座り、これまでの経緯を共有する。一番情報の少なかったエレナは驚いたように口元に手を添えた。


「あら、そうだったのですわね。何度もお店に通わせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」


「いえいえ、そのおかげで蓮先輩や明日香さんと会えたわけですし」


「そう言っていただけると助かりますわ…………ですが」


 エレナはそこで言葉を切ると蓮の方を見る。


「同じクラスですし蓮はわたくしに話してくれても良かったのでは?」


「……いやいやいや、お前の周りはいつも人で溢れかえってて、入り込む隙なんてないだろうが」


「そんなにお気になさらずとも、わたくしと蓮の仲ではございませんか」


「お前が気にしなくてもあたしが気にするんだよ」


 蓮がツーンとそっぽ向くと、エレナは「あらあら」と声を上げる。だがそのやり取りははたから見る分には微笑ましい光景だった。和夢の隣に座っている明日香が小さく声をかける。


「二人共すっごく仲が良いんだよね~」


「そうみたいですね」


「……おい、聞こえてるぞ一年」


「まあまあ蓮、本当のことではありませんか」


 そう言ってしばらくの間、二人に仲をよいしょされると、蓮は「うがあぁー!」と声を上げる。


「あたしのことはどうでもいいんだよ。今日はこの資料をまとめるんだろ。さっさとやるぞ」


 蓮はプリプリしながら資料を並べていく。二人がこの部屋に入ってきたときにも思ったが、かなりの量があるようだ。エレナは四人分のカップを片付けると、和夢に声をかける。


「それでは色々とお騒がせしましたが、また日曜日にバロックでお会いしましょう」


 エレナがそう言うと明日香は「私も日曜日行くねー」とぶんぶんと手を振る。蓮はプリントを並べているが、チラリとだけ目配せしてくれた。


 そんな三人を前にして、和夢にはこのまま帰るという選択肢はなかった。


「もしご迷惑でなければ僕にも資料作り手伝わせてもらえませんか」


「それには及びませんわ。和夢さんのお手を煩わせるほどの量じゃありませんし」


 エレナの言葉に蓮が反論する。


「……手伝ってもらおうぜ。あたしの計算だとこの時間からすぐに始めても、よくて六時あがりだぞ」


「で、ですが」


 蓮の提案にエレナは少し困惑している。和夢はそれをすぐに察する。


「大丈夫ですよ。人手のために呼ばれたなんて思ってないですから」


「それはもちろんそうなのですが……」


「僕が皆さんの力になりたいんです。三人ともバロックでは僕に凄く良くしてくれました。その恩返しがしたいんです」


 和夢は胸の前に手を持っていくとぎゅっと握りこんでいく。


「………………」


 エレナは言葉を濁す。もう一押しだと和夢は言葉を続ける。


「それにエレナ先輩には日曜日にデッキの相談をさせてもらいます。それでおあいこってことになりませんか?」


「……ふふっ、そこまで言われたらわたくしの負けですわね。それでは和夢さん、ご協力よろしくお願いしますわ」


「…………体よく労働力ゲットだな」


「も、もお、蓮ー!」


 いっしっしと笑う蓮をエレナがポコポコと叩く。和夢の隣に座っている明日香は、今度は素の声量で言葉にする。


「ねっ、二人共すっごく仲が良いでしょ~」


「本当にそうみたいですね」


「それじゃあ資料作成頑張ろっか」


「はい!」


 明日香からホッチキスを受け取ると、和夢は三人の輪に入っていくのだった。

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